長崎県目次 伝説の時代から現代まで 航空史抜き書き

航空歴史館 いしぶみ

 

 
大村市の戦争遺跡

1 下原口公園の掩体壕(現在は遊具)
2 第21海軍航空廠本部防空壕
3 第21海軍航空廠慰霊塔公園 防空壕と慰霊塔


 長崎県大村市の国道34号線から西側、大村湾に面する一帯は古くから放虎原(ほうこばる)と呼ばれた原野で、1664年に大村藩士千葉卜枕がここを開拓して豊かな農地とした。

 航空機の大増産を迫られた日本海軍が、手狭な佐世保海軍工廠航空機部にかわる工場用地としてこの土地こ目を付け、昭和16年10月1日に第21海軍航空廠を開設した。面積約217 万平方メートル、建物180棟、人員は最終的に学徒男女8千人を含め約5万人、紫電改、流星、零式観測機及びこれらの発動機を生産した。

  昭和19年10月25日、成都から飛来したB-29 78機による爆撃及びその後の艦載機による攻撃で壊滅的な被害を受け 、分散疎開を開始するも終戦となる。

                    (活き活きおおむら推進会議2005年発行 第21海軍航空廠の記録から要約)

 

A8317 長崎県 Nagasaki Prefecture 大村市 
                      
◎ 1 下原口公園の掩体壕 撮影2008/12/28    N.P.C.

掩体壕前方    1メートルほど埋めてあるので、横幅はもっと長い


遊び場へ改造                                内部物置



公園入口と撮影者のお嬢さん                      掩体壕上から長崎空港方面を見る


◎ 2 第21海軍航空廠本部防空壕 撮影2008/12/28    N.P.C.

コンクリート部分に残る機銃弾の弾痕


◎ 3 第21海軍工廠慰霊塔公園 防空壕と慰霊塔 撮影2008/12/28    N.P.C.

                                ここにも弾痕が残る

宮崎第二高女挺身隊の石碑