
撮影 1986/10 米国リムーア基地にて ヒコキチ
日本への旅立ちを想定し、カリフォルニア州リムーア基地のエプロンにて翼を休める VFA-161マークの F/A-18A。
NFマークやVFA-161飛行隊名、モデックス105も 既に記入されています。
厚木に駐留していた 第5空母航空団 CVW-5 (Carrier Air Wing Five) の F-4S部隊とA-7E部隊は、新鋭機のF/A-18Aへと機種転換のため、1986年の春にアメリカに帰国しました。
その内、F-4S部隊の VF-161とVF-151もF/A-18Aへと機種転換し、VFA部隊となり、 再び日本に戻って来る予定でした。 (VFA-151は 日本に戻りました)
しかし、こちらの部隊、VFA-161となり新鋭F/A-18Aを受領し、日本に再び戻って来る予定だった。 VFA-161は、まさにまさに その直前になって、他の空母航空団(CVW-10)への配置替えが決定し、再び日本に戻ることは出来ませんでした。
突然の下命であり、写真ご覧の通り、 もう日本(厚木のCVW-5)に戻る前提で、機体にはCVW-5のテールコードである「NF」が書かれてあり 部隊名の「VFA-161」も記入されており、更に第1飛行隊を意味する100番台のモデックス(105)も書かれていました。
本来は F/A-18A部隊として、VFA-161、VFA-151、VFA-192、VFA-195の4飛行隊が日本(CVW-5 厚木基地)にやって来る予定でしたが 変更され、1986年11月に日本(CVW-5 厚木基地)に来たのは、VFA-151、VFA-192、VFA-195 3飛行隊の36機でした。※
※ 1987年9月 第4飛行隊はVA-185のA-6E/KA-6D部隊となりました。
VFA-161は日本への旅立ちは実現せず、この部隊は 解散となってしまいました。
まさに "幻の飛行隊"。
写真の考察
「VFA-161」の飛行隊名のところ、 いやに薄くなっているのは、たぶん、既に部隊廃止が決まっており、この機体を 今度日本に配備される他の機体に流用するためかと 思われます。
1、テールコードの「NF」は はっきりと読みとれる。
2、モデックスの「105」も はっきりと読み取れる。
3、飛行隊名だけが 消しかけたのか、いやに薄い。
米海軍、機体の流用はよくあることです。
たぶん、本来 第4飛行隊の400番台のモデックスをつけていたVFA-195が、VFA-161が消滅してまったので、急きょ第1飛行隊に昇格し、第1飛行隊は100番台のモデックスなので、他の部隊から流用しても飛行隊名だけを書き換えるだけで済むし。
本来ならば、もっとハッキリと飛行隊名が書いてあります。
現実に1986年11月にF/A-18Aの3飛行隊が厚木にやって来たとき、本来 第1飛行隊は100番台のモデックスなのに、まだ 間に合わなかったのか、今度新しく第1飛行隊となったVFA-195の機体の中には、400番台の機体もあれば100番台の機体もありました。
入り乱れていました。

1986年11月、あわてて日本(厚木)にやって来て配備されたので、VFA-195部隊のF/A-18A。
元来 モデックスは400番台だったのですが、第1飛行隊となった今、本来は100番台なんですが、モデックス400を付けたまま飛来して来ています。

モデックス、最初のところを あわてて消して、1に書き換えた痕跡が見受けられますね。他の飛行隊の機体だったんでしょうか。
両方ともに飛行隊名は記入されていません。
リムーアの機体も、あわてて飛行隊名のVFA-161を消そうとしたようですね。
薄くなっていて、 余り読み取れないということは。
文/写真 ヒコキチ 2025/5/19 掲載
補足:
VFA-161が日本に来ることが中止になった理由は予算の削減でだったようです。(編)