ヒコーキマニア人生録目次

 

図書室54 ・ テレビ番組評 テレビ東京 ルビコンの決断    掲載2010/09/06

佐伯邦昭

テレビ東京 放映2010/08/19 22:00〜22:54 (BSジャパンで再放送 08/25) 

ルビコンの決断
 「日本の空を取り戻せ!〜全日空創業 「民」の力を信じた飛行機野郎たち〜」

  出演者… 美土路昌一役寺田 農
         中野勝義役今井雅之
         神田好武役菊池健一郎


[評] 

 ルビコンの決断というシリーズは、シーザーの故事にちなみ、未来を信じて困難に立ち向かい成功を遂げた日本企業の立ち上がりをドラマ化するものです。


・  日本の空は日本人の手で! 現在窮乏将来有望! 

 日本の空は日本人の手で! 現在窮乏 将来有望! を唱えた美土路昌一と中野勝義を軸に、渡部尚次や第一号パイロットの神田好武らをからませて、絶望的とも思える局面を次々に打開していき、日本ヘリコプター輸送株式会社を設立して使用事業免許を取り、ヘリコプター事業を軌道に乗せたうえで定期航空運送事業免許をとって、一番機ダブの出発を見送るところまでが、今編の粗筋です。

 日本の空は日本人の手で! 現在窮乏 将来有望!とともにもう一つ、美土路昌一が何度も口にする「官を頼らない、民の力でやる」がキーワードになり、番組名にも使われています。

 大体において、日本ヘリコプター輸送株式会社の苦難の設立前後の歴史はそれで凝縮されているのですが、放送時間の制約があるとはいえ、少々、首をかしげる部分もあります。もちろん評者が当時その場に居合わせたわけではなく、全日空の社史やその他の参考書から得た知識であることを前提にしています。


・ 民の力だけを強調し過ぎか

 日本航空株式会社が設立当初から国の庇護を受け、それでもどうにもならなくなった設立2年後には、国が法律をつくって国策会社化したことはご承知の通りですが、日ぺりが官〜いわゆる航空局と全く無縁に民の力だけで生まれてきたのかというと、必ずしもそうではないと思います。

 番組では、職を失った航空人を救済するために興民社(日ぺりの前身)を美土路と中野がつくったようにしていますが、航空局でも何らかの救済機関の必要を感じており、同じ考えの朝日新聞社の中野に協力する形で興民社を設けたものであり、その時に美土路は郷里の岡山で百姓をしていたということです。

 ただ、二人は朝日新聞社で神風の訪欧飛行などを一緒に手がけてた上司と部下であり、美土路が上京して朝日新聞社でたまたま中野に逢ったことが、航空再開への情熱のきっかけとなり二人がしっかりと手を組むようになったのです。

 航空局監督課係長の渡部尚次は興民社を手伝う形で二人に加わりますので、興民社と日ペリを通じて官との橋渡しになっていたことが容易に想像できますし、従ってまるっきり官の支援が無かったとは言い切れないと思います。

興民社 : 路頭に迷っていた元航空局、陸海軍航空、航空民間企業団体の鳥人をタクシーハイヤー、農業経営、土木、トラック輸送、出版、記録映画製作などあらゆる仕事で支えながら、民間航空の再開を夢見ていた。(浅倉博追悼文集より)


・ 朝日新聞社の間接的支援

  朝日新聞社の編集局長まで務めた美土路昌一の力は、設立発起人集め、資金集めの人脈に大いに働きますし、新聞記者らしい直感や発想の凄さもありました。それはこのドラマにもよく反映されていました。古参OBの回想では、日ペリ発足後、羽田整備場の隅の2棟の格納庫しかなかった時に、雨が降ると朝日新聞社の格納庫を借りて作業したそうですが、ここらにも美土路を通じての朝日の間接的支援が見られます。


・ 飛行機とヘリコプターは違うのか

 これはとても気になりました。ヘリコプターという初めての物体に戸惑うのは当然ですが、「いずれは飛行機を飛ばすのだ」とヘリコプターと飛行機が違う概念で語られています。航空機の分類にはいろいろな説があるでしょうから、ヘリコプターは飛行機ではないと言っても差し支えないのかもしれません。しかし、ドラマでは、飛行機と言わずに「いずれは旅客機を飛ばすのだ」と言ってほしかったですね。


・ 変な評論家が‥

 最近、あちこちに顔を出す池上彰という評論家が出てきて、戦前の民間航空会社は「日本航空輸送研究所」「国際航空」「日本海航空」「東京航空」の四つしかなかったと言いました。あまり自信はありませんが、「日本航空輸送研究所」を出すのなら、「朝日の東西定期航空会社」「川西の日本航空」など同時期に定期航空路を開拓した会社名がなぜ出てこないのか不思議です。また、この四つが軍と協力して南洋方面へ展開していたと受け取れるような言い方をしていましたが、それは「日本航空輸送」と「大日本航空」のことじゃないですかね。
 また、日ペリと極東航空の合併の経緯も実にいい加減な解説でした。
 深く勉強もしないで、あちこちに顔を出すのは、NHKキャスター出身の肩書の乱用ではありませんかね。


・ 時代考証

 後で述べるヘリコプターを除いては、室内調度品や服装などは時代考証がまあまあでした。特に、日ペリ設立後に出演者が付けている襟バッジ、ダビンチのヘリコプターをJAPAN HELICOPTER & AEROPLANE TRANSPORTS COの文字で囲んだバッジは秀逸でした。一つ欲しいなあ。現在の社章はもちろんALL NIPPON AIRWAYS ですから。
  少し臭く感じたのは、上等の和服を着こなす美土路の自宅らしい立派な和室の床の間に「現在窮乏 将来有望 美土路昌一」の軸がかけてあることで、伝説にもなっている現場の火の車経営とのあまりの隔たりに、ドラマのウソが垣間見えました。もうひとつ、人物が着ているシャツの襟元がすべて真っ白な固い新品であること、ワイシャツ(後にカッターシャツという)をクリーニングに出すなんぞは当時余程の金持ち階級でありまして、窮乏生活者は、奥様が洗たくして、襟に糊付けして、アイロンを掛けて、それをよれよれになるまで数日は着ていたのですなあ。


・ 生きておられる神田好武機長

 94歳になられる神田好武機長のインタビューには驚きました。記憶は衰えていらっしゃいません。ただ、キッチンのような場所での収録で、壁に貼ってある紙に食事時間7:00 11:30 17:00と太字で書いてあるのが何とも物悲しく感じました。若いプロデューサーに任せずに、分別ある人物が全体をよくチェックすべきと思います。

 

・ パイロット重点にならざるを得ないのか
 
神田機長が昔の肋膜の影響で日航にはねられ、日ペリに採用された話は彼の回想記に書かれていますが、日航は、パイロットは米人資格者を優先したのに対して、整備関係職員は日本人を積極的に集めていました。その影響を受けて日ペリの整備員採用はかなり難航しています。それを助けたのが満州航空出身の川端清一で、木更津で米軍航空機の整備をしていた浅倉博などのスタッフを集めました。浅倉は、後に財団法人航空技術協会に全日空から初めて会長に就任しています。
 整備なくして航空機は飛びません。日航に入っていれば待遇も職場環境も雲泥の差の中で、将来有望を信じて汗を流した整備人のことが、例によってドラマに全く反映されていないのが悲しいです。
 

・ 番組で使用したヘリコプター

元福岡県警のベル47G-2 JA7313 撮影2005/04/18 (ヘリコプター歴史保存協会倉庫) 佐伯邦昭
 
 ロケ風景 加須ジャパンヘリコプターサービス (埼玉加須市大越) 撮影2010/07/11 にがうり

ヘリコプター歴史保存協会の阿部さん提供

 ベル47G-2の前面に社章を貼り付けて日本ヘリコプター輸送株式会社のロゴを入れ、尾部安定板のナンバーを日ペリ1番機のJA7007に書き換えただけです。本物のベル47D-1 JA7007と違うのは、燃料タンクと機体色ですが、せめて、計器盤など操縦席内部の薄緑色を昔の色に塗り替えていたら、もっとそれらしさが出たのではないかと思うのです。

参考 日ペリ2番機JA7008 
 

 埼玉県加須市のヘリポートで行われたロケは、多分、玉川の読売飛行場を模したものと思われますが、退役後30年以上たっているエンジンが動いてローターが回り始め少しばかりホバリングしたのには驚きました。まさか特撮?

 スタッフにしてみれば、本物を飛ばしたかったでしょうが、もうベル47系でそれに応えてくれる機体はないのでしょうね。


・ 終りに

 ヒコーキマニアとしては、ヘリコプターが別物で、登場時間も少なく、わずかに古いニュースフィルムのヤンマーやナショナルの宣伝飛行が紹介されるだけなので、その面の消化不良は残りますが、ドラマが描かんとした日本人の手で日本の空を、民の力で航空事業をという企業ドラマのテーマは鑑賞に耐えるものでした。28人からスタートした歴史は、戦後航空史の中で特筆すべきものとしてマニアも語り継がなければならないと思います。

 特に、運輸省や大蔵省の天下りが主要ポストを占めて自由な発想もできない親方日の丸のもうひとつの航空会社が過去裕福 現在どん底をたどる道との対比においてです。

     全日空の航空コード NH とは
               日本ヘリコプター輸送のNHを継承しているものである。

 

 


資料 番組予告保存

・ (株)リュウ・エンタープライズ  木元 耕介(Kimoto kousuke)さんからメール

 佐伯さん いつもお世話になっております。
 先日は、連絡先を教えて頂き誠にありがとうございます。その後、阿部さんのヘリコプターを使用させて頂いたりと、佐伯さんのご協力があってこその作品となりました。本当にありがとうございました。
 ルビコンの決断のご案内をさせて頂きます。もしご都合よろしければご覧頂けると幸いです。
 http://www.tv-tokyo.co.jp/rubicon/next.html

ルビコンの決断 「日本の空を取り戻せ!〜全日空創業  「民」の力を信じた飛行機野郎たち〜 」
放送日…819日(木)
時間…22002254
出演者… 美土路昌一役寺田 農
       中野勝義役今井雅之
       神田好武役菊池健一郎

 ・  ヘリコプター歴史保存協会の阿部さんからメール

 佐伯さん ご無沙汰しております。先日はにがうりさん経由でのお取次ぎ有難うございました。
 以前、国際航空宇宙展2004に出展させていただきましたベル47が本日のテレビに登場いたしますので是非ご覧ください。
 番組の内容ですが、全日空(日ペリ)が起業した当時の様子を再現ドラマ化したものです。当時をリアルに再現するにあたり、番組制作会社から協力依頼がありまして、先月、加須へリポート(埼玉県)に陸送して撮影してきました。映像に出てくるのは数十秒かも知れませんのでお見逃しのないように...

●放送予定日:8月19日(木)午後10時〜テレビ東京系
●BSジャパン:8月25日(水)午後9時