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東金(とうがね)市 いしぶみ 豊成(東金)飛行場跡
 いしぶみ 上野少佐戦没乃地碑

 

A3520-02 千葉県東金市
                
Monument Land killed in war N.Norio, Togane City, Chiba Prefecture
                         
 上野 典夫海軍大尉戦没の地墓標

 2013年8月、山武市歴史民俗資料館で開催された忘れられた戦跡展で紹介されていた慰霊碑を訪れました。昭和20年6月23日に厚木基地から飛び立った雷電3機が千葉県山武市上空でノースアメリカンP-51と空戦となり、上野典夫海軍大尉と小林勝治上等飛行兵曹の乗機が撃墜されそれぞれ東金市三ヶ尻地区の山林と山武市森の水田に墜落しました。
 上野大尉が落下傘降下中に銃撃され戦死された場所に慰霊碑が残されており、8月15日には、どなたかが線香をあげられていました。

 撮影2014/08/15 大石治生


 

 

 

A3520-01 千葉県東金市田間(旧豊成村)
                
Toyonari Imperial Army Air Base, Togane City, Chiba Prefecture
                         
 豊成飛行場(東金飛行場)跡 平和を呼ぶふるさとの碑  撮影2011/03/20 大石治生 

 東日本大震災の翌週に千葉県東金市に在住の同級生宅をお見舞い訪問した際に旧日本陸軍の豊成飛行場(東金飛行場)を訪ねてみました。
 千葉県の北東側沿岸部は津波の被害に遭われたとのことでしたが、東金市は地震の揺れに因る家屋倒壊などは無かったようでした。ただし乾電池やカップラーメンなど保存食類はコンビニエンスストアから姿を消してましたが。
 豊成飛行場(東金飛行場)を訪れたのは震災翌週の3月20日で、九十九里浜の近くに位置しているのですが、東金市街地に津波の被害はありませんでした。

表 平和を呼ぶふるさとの碑


記念碑の碑文は次のように記されています。

本土防衛の跡を偲び 平和を祈る ふるさとの碑

 豊成飛行場は史上、東金飛行場といわれて、昭和19年3月大東亜戦争末期、本土決戦の戦略によって急造された。青麦を刈り捨て、住家を移転し、墓地を掘り返し昼夜兼行、近隣住民を総動員して工を急いだが、未完成のまま19年末には飛行第28戦隊が駐留してきた。
 総面積170ヘクタール、その84%は肥沃な農地であった。以来戦況は日に増し悪化し、空襲は連日連夜に亘り、村役場の移転、小学校は取り毀して寺院神社に分散授業。戦火は鳥浜小学校や民家を焼き、遂に住民や兵員の犠牲者を出すに至った。 かくて一回の戦果朗報を聞くことなく、齢一歳にも満たずして20年8月15日終戦解体することになった。
 今わが豊成飛行場の歴史も半世紀の歳月の底に沈んで語る人もなくなったが、この跡地に残された本土防衛の志想と平和を希求する愛郷の真情は魂魄となって強く生き続けていると思う。
われら思いをここに致して、地域一体となって後世のために「平和を呼ぶふるさとの碑」を建設して遺すことに相成った。永遠に平和と繁盛の花咲き栄え給えと祈ってやまない。

平成6年3月吉日
      鈴木勝 題字選文
      豊成飛行場記念碑建設委員会

 今回、この戦争遺跡を探すにあたって千葉県歴史教育者協議会編「千葉県の戦争遺跡をあるく 戦跡ガイド&マップ」を参考にしました。