A5539-01
大阪府箕面市 箕面市立郷土資料館
Minoh Kyodo Siryokan, Minoh City, Osaka Prefecture
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箕面市郷土資料館 ノースアメリカンP-51のものと思われる落下タンク
企画展示で、「箕面公園から出土した米軍機のタンク」が展示されていました。箕面公園のトイレ工事で発掘されたという説明だけなのですが、見たところP-51の
75gal.金属増槽かなという気がします。上下裏返しの状態で展示されていたためちょっと苦労しましたが、給油口などの部
分も撮れました。
撮影2017/08/19 はねぶた
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ハ40エンジン |
プロペラ |
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20mm機関砲 |
12.7mm機銃 |
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展示物クローズアップ 撮影2005/01/28 吉田家
発動機の各部アップとブレードの肉厚なんかも撮ってきましたので送ります。「その他の部品」の中に機体のオリジナルカラーが残っている部分もありました。
発掘後、管轄の枚方警察署に持ち込まれたらしいですが、20mmと12.7mmの銃口には、きちんと詰め物がしてありましたが、まさか撃つことも出来ないのにこんなことまででんでも・・・・ と思っていたら、警備の為に巡回警官が立ち寄った際に、この墜落機展示場の前で敬礼をしてから通って行かれた姿はいいものでした。
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12.7mm機銃 |
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A5507 大阪府 Osaka Prefecture
交野(かたの)市 中村中尉鎮魂碑
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◎ 中村中尉鎮魂碑 撮影2004/04/23 出展:吉田家
碑文
陸軍中尉中村純一は学鷲として参戦凄惨苛烈なる戦局俄かに急
迫を告ぐる頃 一切の懐疑迷妄を越え淡々として特別攻撃隊を志す
昭和二十年七月九日天日を覆ひて来襲せる敵機群に突入壮絶なる
空中戦を展開するも遂に被弾この地に恨みを残して散る近隣有志が相集ひ
烈士の霊を懇ろに弔い鎮魂の碑を建つ平和は血と涙によって築かれたるも
愛惜と悲しみは尽きず痛恨の碑の前に伏し御霊安かれと祷る
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陸軍中尉中村純一さんは、昭和20年7月9日、硫黄島から来襲したP-51迎撃の為、伊丹飛行場より3式戦飛燕で出撃(飛行第56戦隊)、正午過ぎ大阪府交野町、枚方市(現 交野市及び隣接する枚方市)上空にて空中戦を展開中被弾、脱出し落下傘降下中敵機の翼によって落下傘の紐を切断され星田村の国鉄片町線星田駅(現 JR学研都市線 星田駅)付近に落下、機体は枚方町高田村(現 枚方市高田)に墜落しました。 当時周辺での空中戦は珍しく、当初米軍機が墜落したと思った村人が駆けつけると、日本兵が田んぼに頭から突っ込む形で死亡していました。 遺体には目立った外傷も無く、看護婦が村役場前の中川の水で身体を洗い流し光林寺に安置し通夜を営みました。 昭和51年中村中尉の御遺族が「遺族通信」で墜落場所を探しているとの記事を星田の住民が発見し連絡を取り、御遺族が初めて訪問し後に鎮魂碑を建立しました。
場所は、JR学研都市線(片町線)星田駅バス停のある出口を出て、旧線路跡を京田辺市方面へ歩いて約3分程の旧軍用貨物側線(星田から大阪陸軍造兵廠香里(こうり)製造所まで)跡との本線跡分岐付近左側です。
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