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航空歴史館

別府市公会堂の空襲警報のサイレン

 

A8402-4 大分県別府市上田湯の町 旧別府市公堂(現中央公民館)
              Peppu Central House, Oita Prefecture 
      
◎ 空襲警報のサイレン

撮影2011/07/15 大石治生
 


 

日替わりメモ2011/07/20

〇 サイレン 

 戦時中のあの音は決して心地よいものではありませんでした。突如、空気を震わせて響き渡るラ音の♪ー ♪- ♪- ♪- は、人々を浮足立たせ、心臓は恐怖で波打ちます。空振りに終わって、解除のサイレン(どのような鳴り方だったか忘れた)で、防空壕から出てやれやれと空を見上げるあの気持ち、忘れられないですね。

 広島では、B-29が上空を飛んでいるのに、空襲警報は鳴らず、警戒警報発令と解除のサイレンだったために、人々が安心して屋外作業に取り掛かろうとした時に原子爆弾が投下されたといいます。エノラゲイ号と偵察観測2機の3機でしたが、その程度の機数では空襲もあるまいと判断したのでしょうね。

  さて、時報のサイレン、試合開始のサイレン、警報のサイレン、日本人にはお馴染みの情報伝達手段です。戦時中の警戒警報と空襲警報を告げたサイレンの本体は探せば各地にあるのでしょうが、インターネット航空雑誌ヒコーキ雲には別府市のが初登場です。

 サイレンは、師団司令部のある都市では「ドン」を起源にしていると思います。正午に撃つ大砲を人々は「ドン」と呼んで親しんでいました。 それがサイレンに引き継がれても時報の役目だけならよかったのですが、半鐘のように警報に重点が移ってしまい、未だに洪水警報などに利用されているのは残念なことです。

 ミュージックサイレンもあります。甲子園のサイレンは試合開始を告げるとともに球児を鼓舞する役目? もっとスマートな方法はないのかな。端的な情報伝達手段のサイレンにさまざまな思いが交錯します。