新 航空自衛隊輸送機
C-130Hの装備
吉永 秀典
航空自衛隊輸送機 C-130Hの装備で次の 2点 は何?
航空自衛隊でC-130Hを導入初期のころ全てに魅力的な装備と性能に驚かされた一方、いつの間にか見られなくなった装備品も幾つかある中から下の写真の番号 1⃣、
2 ⃣について取り上げてみた。この2点とも何かのアンテナのように見えるが、これは--- 何?
写真-1
1⃣:尾翼下面に装着され2枚並んだ板状のもの(カーゴ・ドアーの後方)
2⃣:後部胴体の左側上面の黒色の膨らんだもの(後部脱出口の前方)
この2点について現在日本で見ることの出来ない装備品とは、何かお分かりだろうか?
答えは 1⃣ Economy Fin
(エコノミー・フィン)
2⃣ OMEGA Antenna (オメガ航法装置のアンテナ)
というもので、どちらも殆ど話題にもならず国内のマニア紙にも取り上げられることもなく消えてしまった装備品。 (いずれも自称・本邦初公開)
1. Economy Fin(エコノミー・フィン:燃費軽減用整流板と解釈)
後部胴体の尾翼下面に取り付けられた2枚の安定板のようなものは、制式名称は不明だが仮称「エコノミー・フィン」と言われるオプション装備品で受領後間もない1989年1月頃から2機(45-1073,45-1074)のみに装備して試験飛行などを行っていた。
この「エコノミー・フィン」と言う馴染みのない安定板のようなものは、他の輸送機や戦闘機/攻撃機などにも見られるVentral
Fin(腹びれ)と同じように見えるが、この使用目的はそれらと異なり後部胴体付近の複雑な乱気流などの誘導抗力を減じて“燃費効率をあげて経済性を目指す”もの(燃費軽減用整流板)と言われたもの。
筆者が見かけたのは1985.1月〜1985.3月中旬頃までの短期間で、2機により搭載物の地上操作性と飛行試験などを行っていたようだがその後の状況などは知り得ていないので詳細は不明。
写真-2
(1985.1.28)
45-1073 取り付けボルトなど装備状態がよく分かるが、乱気流などに耐える強度や整備/操作性などには少し問題がありそうに見える。
このエコノミー・フィンに期待する理由の一つは、例えば硫黄島への支援飛行で現用のC-1では後続性能不足で運用が制限され、同島へ向かう行程の中間決心点を超えた後はもう戻る余裕がなく天候不良や滑走路閉鎖でも強行着陸するしかないといわれた。
その後数機に改良を施して「増加燃料タンク」を中央翼内に追加装備しても搭載物を制限するなどの不便さは残ったようだ。
一方C-130Hは何も制限なく同島へ向かい、たとえ天候不良などでも1時間以上の上空待機が可能でそれでも着陸出来ない時は出発地まで戻る事が出来たといわれ、このエコノミー・フィン装備でさらに余裕が生まれると計算できる。
さらに海外支援などの長距離飛行の必要性は高まると予想でき、今後の長距離飛行でエコノミー・フィン使用は何処まで燃費を軽減出来るのかなどを試験していたのは想像に難くない。
ところで、このエコノミー・フィンの目的は「誘導抗力を軽減する装置」と述べたが、ほぼ同じ目的の「ウィングレット」と言う最近の小型機から大型旅客機や軍用機までもが装備している主翼端に反り上がった小翼があり、これも翼端付近の過流を制御して誘導抗力を減らし運航燃費を軽減することは同じであり、時を経てそれなりの利点が再認識されたのは当然なのか不運なのか複雑な心境は否めない。
これで改善される或る旅客機の運航燃費が約5パーセント軽減されるとした場合、例えば豪州バンクーバーから成田空港間で45トンの消費燃料のうち2.25トンも節約出来るとすれば、ドラム缶なら15本分もありとても無視できない経済性が期待される時代になったと言えよう。
翼端のウィングレットなら搭載作業性などに問題はないと考えられるがC-130Hのエコ・フィンがどれ程の経済性で何パーセント期待できるかなどの説明はないが、実践的なコストパフォーマンスを想像すると採用の可能性は高くないようにも感じる。
ここに何度も出てくる翼端渦の誘導抗力については、少し前の投稿記事「翼端タンクの無いT-33Aは戦闘機・・・」の中でも取り上げているが、どんな飛行体も揚力を発生する限り翼端渦流を造り引きずりながら飛行していると言う事は理解できるだろう。
写真3
(1985.1.28) C-130H 45-1073/C-1 58-1008の後部胴体「ベントラルフィン」との比較。
特にC-1のベントラルフィンはカーゴ・ドアーを外側に開くためその乱流制御と安定性を高める装備であるが、C-130Hでは扉を上方に引き上げるために回り込む乱流を整えて燃費を軽減する目的のオプション装備品であった。 しかし整備性や操作性はまた別の問題があったのか2機分より増える事は無かったようだ。
写真4
(1985.2.1)
45-1073/45-1074 2機が並んだショットは貴重。全機に装備する計画があったのかどうかも分からないが、その後他の機体で見られた情報はなくそのまま終わった理由は知りたいものだ。
写真5
(1985.1.28) 45-1074 少し遠めだがエコノミー・フィンの装着状態が分かるもの。
確かに大型搭載物の積み降ろしには支障がありそうで、短距離では作業効率は悪いようだ。
写真6
(1985.2.1) 45-1073 試験飛行を終えて帰投しエプロン地区へ向かう。2基のエンジンを停止しているのは燃費軽減を考えての良心なのだろう。
写真7
(1985.3.1) 45-1073 試験飛行のため離陸。この3月以降に試験した形跡が無いのを推察すれば、実用に不適であったのだろうか。飛行回数も予想より少なかった。
私見ではあるが経験上、大型搭載物の積み降ろし前後の作業効率の悪さや、例えば空中物量投下などで先に打ち出す誘導傘や主傘展開時などの干渉は避けられないだろう。
ある情報では大型搭載物の作業時に前以ってエコノミー・フィンの取り外しと再取り付けをその都度行うのは非効率的であり、またボルトの数や取り付け方法のほか整備性や強度不足などにより実用的な効果は得られなかったので試験を終了したと考えられる。
イメージ写真8 <制動傘は画像処理です>
(1987.2.15) 35-1072 岐阜基地にて これはエコノミー・フィンを未装着でLAPES
(超低空投下方式)(※注1)の訓練を行っているイメージ画像だが、誘導傘及び主傘/制動傘と主ケーブルなどが開口部付近で踊るためエコノミー・フィンは当然邪魔になるので取り付けないのが分かる。
以上のことから、この期間の試験以降見られなくなったのは理解できるし、米軍機ほか外国機などの情報は殆ど聞こえないくらい普及しなかったのは納得できる。 但しカナダ空軍のCC-130Hの1件のみ或るマニア紙(※注2)に掲載されていたが、何も触れられていないのでどのように運用されたのかなどは分からない。
したがってこの「エコノミー・フィン」は、基本的に長距離のフェリー飛行などに限って使用するのが本来の使用法のようで、近距離運用には作業効率などの面から適さないと思われる。
その後見かけた記録などが全くないので、正式に採用されなかったのは少し惜しい気もするが、常に進化する事も大事なことだろう。
(※注1: LAPES「レープスと発音」とは、投下する搭載物をパレット+ローラー上に仮固定し、開いたランプ・ドアー端ローラー上でブレーキ止め、投下地点に接地する程の超低空で進入して既に開いていた主傘/制動傘で一気に引きずり落とすピンポイントの投下方式で、低速飛行可能なC-130ならではの特技で衝撃は最小。 3連投下まで可能)
(※注2: イカロス出版C-130ハーキュリーズ
2020.12発行P086.下段カットのカナダ空軍CC-130Hにエコノミー・フィン装着)
2.
OMEGA Antenna(オメガ航法装置)
このオメガ航法装置のアンテナは後部胴体の左側上面にあり、本装置はロラン(Long Range
Navigation)局の2局以上の電波を受信して洋上長距離飛行などを行う航法装置の受信装置とアンテナなどからなるもの。
写真9
オメガ航法装置のアンテナ・カバーは、初期は黒色であったが75-1075以降は機体塗装と同色になった。 本装置は初号機からほぼ標準的に装備されていたが唯一最終号の85-1086のみ未装備であった。 マニア諸氏は手持ちの写真で確認して頂きたい。
空自機ではVLF周波数帯を使用して完全に自動コンピューター化されたONS装置(オメガ航法装置)とINS(慣性航法)と併用で運用した。 これは全世界で8局のOMEGA地上局からの信号波の3局以上を受信し、その距離に応じた円の交点が自機の位置(緯度/経度)を表示するもの(電波灯台)であるが、精度誤差がやや大きいために1990年代から徐々に数を減らし2000年代で全廃されたのでもう見る事も出来なくなった。
また航空業界では大韓航空撃墜事件の頃からGPS装備に移行し、さらに衛星通信アンテナ装備機を見かけるようになったことから、我が国ではIRAN整備の計画に合わせて徐々に減少していった。
一方当時の米空/海軍/海兵隊/沿岸警備隊機には空自機とは異なる数種類の小型のアンテナ装備機を少数見られたが、空自機とどんな違いがあるのかなどは不明である。
いずれにしても今回取り上げた2件の装備機材について、あまり知られないうちに国内ではもう見ることさえ出来なくなったのは惜しい気もする。
文/写真/イラスト 吉永
編集掲載日 : 2023年04月28日
WEB編集 : イガテック
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