尾輪式飛行機の離着陸について 大石直昭
1) 地上滑走
尾輪式のヒコーキが最近は見られなくなっているのは、一にその操縦、とくにタキシングから離着陸操作にかけての難しさがあると思われます。
尾輪式とは、飛行機の重心位置よりも前方に主たる荷重を受ける車輪があり、尾部の重心から離れた場所にいわゆる「尾輪」がある形式をさします。
この場合問題となるのは、たとえば地上滑走(タキシング)中に何らかの原因でわずかに方向が変わったとすると、重心よりも前方にあるタイヤはグリップしますが、重心は慣性があるので、その軌跡がカーブをより強める方向に振れだします。
たとえ低速のタキシング中でも、ちょっとでも気をゆるめるとすぐに進行方向が変わってしまいます。それに加えて横風が強い場合には、垂直尾翼に当たる風のために機首は風上に向いてしまいがちです。小型機によくある高翼機(セスナ、パイパーカブなど)は風で転覆することもあります。
地上でさえ、機体を思うとおりに操るには、ラダー、エルロン、エレベータそれに車輪ブレーキ(左右車輪で別々に作動。ラダーペダルと連動)を駆使して、機体を安定させ、移動させなくてはなりません。
急ブレーキをかけるとノーズがつんのめってしまい、プロペラを曲げるだけでなく、エンジンも機体も損傷させてしまいます。これも重要注意事項です。
2) 離陸滑走
プロペラ軸が上を向いた状態で滑走に入ると(飛行すると)、たとえば操縦席から見て右回転のプロペラの場合は、推力軸が機体の中心線から右に大きくずれます。これはエンジンの出力やプロペラの大きさに依存します。
よく「トルク」ということばを聞きますが、それは正しくありません。
操縦用語では「P-ファクター」といいます。これがプロペラ機でまっすぐに飛ばす場合に
、まず注意しなければならないことです。離陸から上昇中はエンジン出力を大きくしなければなりません。その場合、速度に応じて右ラダー(右回転の場合。左回転プロペラでは左ラダー)を踏み込み、多分エルロンでも多少修正し、ともかくヒコーキをまっすぐ飛ばします。
「トルク」とは、正確にはプロペラの慣性モーメントにより、その回転方向とは逆に機体全体が回されることで、大馬力の小型機に顕著です。曲技機では意識して曲技飛行にこれを使うと聞いています。また、大戦中米海軍の単発機が着艦をやり直す際に、低速で舵が効かないのにエンジンをあわててふかして、左にひっくり返る事故が多発しています(トルクストールという)。
操縦系統の操作量は速度及び機体重量によって異なります。ですので、操縦者から見てボールが滑らずにまっすぐ飛んでいる状態で、バックミラーで後ろを見ると、無意識にラダーをいくらか踏み込んでいます。米海軍の
チャンスボートF4Uコルセアでは 「ラダーペダルをいっぱいに踏み込むことができなければ、コルセアは操縦できない」 とも書かれています。
どの尾輪式機でも、離陸滑走のはじめはスロットルをゆっくり操作し、ラダーの効きと相談しつつ、速度が増えるにしたがってスロットルを規定された離陸出力にまで開きます。いきなりスロットル全開にしたならば、その場で転回、悪くすると尾部が持ち上がって転覆ということになりかねません。
離陸を含む滑走では、進行方向の遠くに目標をとり、「機首が0.1度も振れてはならない」気持ちで進行方向を確保します。当然、速度に応じて舵が効かないうちは、左右のブレーキも使い方向の保持につとめます。
滑走中には方向が決まったならばノーズを下げて抵抗を少なくして、早く加速するようにします。この際に機首をいくらか上げておくと、離陸速度に達した時点で機体は自然に浮揚します
。(坂井三郎著「大空のサムライ」参照)
どんな場合にも横風の成分はあるので、たぶん、ラダーに加えてエルロンとエレベータも操作しつつまっすぐ滑走させます。それで浮揚後に操縦装置に加えていた力をフッと抜くと、機体は自然に偏流角をとって滑走路の延長線上を進みます(正しく操縦していればの話)。
3) 着陸
着陸ですが、接地点に向かうアプローチはどの形式のヒコーキでも大体同じですが、接地姿勢に持ってゆく操作にひじょうなシビアさが要求されます。着陸では、ヒコーキが接地するときに降下率をゼロに近くするのが理想です(ショックを少なくするため)。
尾輪式ヒコーキの着陸には2種類あります:
a) まず「3点着陸」、これは着地のときにちょうど主車輪と尾輪が同時に接地するように「引き起こす」のです。そのタイミングと起こす量が
最初は難しく感じられます。
仮に接地する瞬間に降下率がまだ残っていると(すなわちドシンと着くと)、そのときにまだ尾輪が接地していずに空中にあるとすると、ショックで尾部が下がります。そうするとその瞬間に慣性で尾部が下がりますが、そうすると主翼の「向かえ角」が増加し、一時的ですが揚力(浮力)が増加し、落下の反力とあいまって機体は空中に「バウンド」してしまいます。これを放っておくとまたバウンドし、そのうちに方向のコントロールも失われ、機体を壊す原因となります。
3点着陸は
俗に「海軍式着陸」と呼ばれます。空母に降りる際はこれで行います。
b) 次に「接線着陸」、これは尾部が上がっていても、主車輪が接地するときに降下率を極小にし、わずかずつ接線を描くようにタイヤを接地させる手法です。この方法のほうが、一般的に横風に強いといわれています。「陸軍式着陸」と呼ばれます。
3点着陸は、引き起こしの際のエレベータの効きを心得ておくことが重要なため、慣れない機種では最初は接線着陸で降りるほうが良いかもしれません。接地して安定したあとの地上滑走の注意点は
、1)にまったく同じです。行き足を止めるのにブレーキをかける際は、ぐっと踏み込まずに、「チョンチョン」と使うようにします。
まとめ
ノーズに車輪があるヒコーキは、着陸の際に適当に引き起こせばあとはどこでも自由自在ですが、尾輪式は大きく異なります。これが「スポーツ」であるかないかの差だと思っています。覚えてしまうとじつに面白いのですが、尾輪式で訓練できるクラブあるいは飛行学校がほとんどないのが不自由な点でしょう。
なぜ「尾輪式」か?
それは「プロペラと地面の間隔を取るため」すなわち、不整地では、これが最も重視されるからだと聞いています。
操縦について
習い始めは「なんでまっすぐに飛ばないのだろう」とつくづく思います。機体を何とか安定させたつもりでも、針路や高度が変わる、滑る、といったぐあいに、まったくサッパリわかりません。でもそれでも、教官ドノにガミガミ言われるうちに何とかできるようになるものです。難しいとここで説明した「尾輪式機」ですが、何とかやれるようになるものです。つくづく人間とは不思議なものだと思います。
tuika
2005/07/02追加
接地のときに尾輪から先につける方式では、向かえ角が大きい状態から少なくなる状態へと移行するため、着いたときに揚力も減少します。そのため、バウンドはたしかに起こらなくなります。また、尾輪に荷重をかけるため、尾輪の引きずり抵抗で、方向安定もいくらかは向上するはずです。
要するに「便法」ということで、これは服部省吾さん著「操縦のはなし」にも記されています。この際の考慮点としては、エレベータが地面付近になると、一般には効きが悪くなることです。地面効果の影響であると説明されていますが、さきのハスキーではこの傾向が大きく、またベランカではあまりそのクセは大きくないようです。
この便法により無難に操縦するか、あるいは3点同時ピシャリ接地の名人芸を追求するかは趣味の問題だと思いますけど、「お仕事」となると着眼点も変わってくるのだと思います。