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航空歴史館

外国展示の日本国産機 中国編

Aircraft made in Japan of China exhibition

 

 中国航空博物館 (1) 川崎キ48 九九式双発軽爆撃機
 (2) 立川キ55 九九式高等練習機
2 中国人民革命軍事博物館  立川キ55 九九式高等練習機
3 北京航空航天大学 立川キ54 一式双発高等練習機

  1997

1 中国航空博物館

   
 

(1) 川崎キ48—U型 九九式双発軽爆撃機

2011年

撮影2011/12/10 GUNDAMZAk
 

 以前の説明ではキ48-Tでしたが、1945年に日本軍が残した九九双軽は殆んど「ハ115」エンジン搭載のキ48-U型でした。東北老航校のリストにも「ハ-115」エンジンしか載っていません。(T型のエンジンはハ25) 展示機が何故にT型なったかというと、博物館設立当時に見つけた胴体の前半分に、T型の写真を参考にして他の機体など部品を流用して完成させたからです。発動機は、ご覧のように、ソ連のLi-2を転用し、寒冷地用キ48-Tに見せています。 (2011/10/07記 GUNDAMZAK)

U型として正式表示されました





1997年

 1997年5月北京を訪れた際見学した博物館で撮影した旧日本軍機2機の写真ご参考までに送ります。当日零戦も撮ったのですが照明が暗く失敗してしまいました。この博物館は交通の便が悪く簡単に行けませんでしたがその規模や所有する機体のバラエティから一度は訪れる価値があると思います。
撮影1975/05 ET

 

(2) 立川キ55 九九式高等練習機

 2013年

撮影2013/07/02 イガテック



2011年

撮影2011/12/10 GUNDAMZAk





 以前の「立川キ36 九八式直協偵察機」の表示を、「立川キ55 九九式高等練習機」に戻し、展示場所も山中の洞窟から2009年に建設した新館に移動しました。ただし、機体そのものはソ連製Yak-18練習機を改造したものとも言われています。
 



下部突起物?


@ 気化器の空気取り入れ口 操縦席から開閉できる防塵装置が付いています。
A 2本のベンチュリー管は前後席の旋回計専用    B 不明 C 空薬莢及保弾子排出装置 (九九式高練取扱説明書より) 横川裕一  

九九式高練取扱説明書原文)

装備 計測器装置

五 旋回指示器
  前後席計器板ニ各一個ヲ装着し各々指示器、受風筒及導管等ヨリ成ル 前後指示器は
  中央翼左方後桁後方ニ取付ラレタル二個ノ受風筒ヲ導管ニ依リ各々接続ス

 受風筒とは、ベンチュリー管を指すものと思われます。よって、2個のベンチュリー管は、それぞれが前後席の旋回指示器に独立して接続されているものと解されます。

参考 他の航法用計器

一  羅針盤 一号  
二  飛行時計 九三式  
三  高度計 九七式 (速度計ピトー管の静圧管に接続)
四  速度計 九六式 (左翼にあるピトー管に接続)

中国人民革命軍事博物館の九九高練 撮影GUNDAMZAK





1975年

撮影1975/05 ET
  

 

 

 中国人民革命軍事博物館   立川キ55 九九式高等練習機

 2013年

撮影2013/07/02 イガテック


2011年

撮影2011/11/20 GUNDAMZAK


            











 

 

北京航空航天大学 キ54 立川陸軍一式双発高等練習機  キ-54
 

 北京郊外の北京航空航天大学新キャンパス保管されています。主翼と水平尾翼は見当たらず、機内の設備もほぼ全失の状態です。


ネットから許可を得て転載 提供GUNDAMZAK














 北京航空航天大学の機体とは関係ありませんが、1枚の写真を提供します。
1945年9月7日に吉林省の長春(当時満州国首都新京)で撮影。ソ連軍に鹵獲された立川一式高練キ-54です。


 三沢航空科学館の一式高練が世界で唯一かと思っていたら、北京の航空大学にありました。中国のマニアは知っていたらしいですが、市内にあった旧キャンパスでは見つからず、郊外に新キャンパスができてから胴体などの保管が分かったそうです。ほぼ残骸状態ですが、機首など三沢のぐちゃぐちゃな状態のものと交換したい衝動に駆られます。

 日本にとってはそれほど大きなニュースなのですが、GUNDAMZAKさんが併せて送ってくれた一式高練のきれいな写真にも興奮します。
 敗戦の翌月に新京でソ連軍に没収された時の写真で、さすが満洲の首都だけあって、高官輸送などに配備されていたものと思われ、なんと迷彩塗装であります。 向こうに護衛用の屠龍もおりますね。

   原本が日本にあれば間違いなく第一級航空文化財だね。