「コルセアKD431
文化財としての航空機修復」の原著者デイヴィッド・モリス氏を迎えて開催された講演会の記録です。
デイヴィッド・モリス氏の講演は、著書(図書室46)の内容をまとめたもので、あらためてコルセアKD431をあるがままの姿に復元したち密な考慮と作業に感銘を受けますが、それ以上に興味があるのは、講演後の質疑応答でのやりとりです。
彼は、講演会に先立って海自鹿屋航空基地史料館、万世(旧加世田)平和祈念館、知覧特攻平和祈念館、かかみがはら航空博物館を訪れて復元された展示機を観察しています。質疑応答の中で「オリジナル機が現代の艶のある塗装で、もしかしたら工場からでてきたときよりも良い状態で展示されている 〜 なぜ新品に見えるように仕上げたのでしょうか」と痛烈な皮肉を発しているのです。
それが、上記のどこの展示機を指すのかは、皆さんおわかりでしょうか。外国人に指摘されると納得するというのは日本国民の特性みたいなものですが、東文研は、モリス氏を呉大和ミュージアムへも案内してほしかったです。呼び寄せパンダン的な零式艦上戦闘機と栄エンジンに対面した時に彼がどう思うか知りたいです。
しかし、航空機の展示から見世物という概念を抹殺してしまうことはできませんから、私的な施設や財政力のない自治体の展示にまで難しいことを望むのは無理でしょう。そのあたりを、同時に講演した日本航空協会の長島宏行さんが航空機の保存(展示)について、次のような分類をしています。
・ 科学教材として
・ 平和や戦争の象徴(記念碑)として
・ 見世物として
・ 文化財として
それぞれの個体をひとつの定義に収めることはできませんし、人により時期により目的は複合し変化するものと思います。彼は、所沢の九一戦復元について検討された考察を多く引用しながら克明に解説していますが、複合し合う目的と現実の姿をどう調整していくかは、学問的にもっともっと深められていくべき分野だなあという感じをもちます。
・ 文化財として
長島宏行さんがカラースライドを使って紹介したスピリットオブセントルイス機に残る工員たちのサイン、F-86試作2号機のジュラルミンが手作業の鋏で切られている証拠、晴嵐のオリジナルが復元できるように透明な皮膜を塗ってその上に再塗装している等々の事実には圧倒されます。
後世の歴史家やセミプロ達が、まるで見てきたようなウソをつく世情に対して、これら展示物たちはどう思っているでしょうか。特に日本の公的博物館においておやです。
・ 鹿児島県の実例
これは、既に周知のことなのかもしれませんが、私は、同じく講演者の平山助成さん(元鹿屋航空基地工作所長、現平山郁雄美術館館長)の鹿児島県の海に沈んでいた零戦と零式三座水偵の引揚から復元展示に至る経験談にも感銘を受けました。特に、初めてみるカラー写真も多く掲載されており、それらから、この両展示に関係した人々の熱意と科学的良心がそくそくと伝わってきます。
零式三座水偵については、デイヴィッド・モリス氏がコルセアKD431で行った作業に匹敵するといっても過言ではない気がします。よくぞあの姿で万世(旧加世田)平和祈念館に保存してくれました。長く、その姿を留めるであろう実物と共に、その洗浄から修理と保存処置を行った海上自衛隊の皆さんの功績も長く記憶されるべきものと思います。
ただその時培ったノウハウが保存継続されているのかが気になります。
以上、語り尽くせませんが、本書を一読しての感想であります。講演会に出席できなかった航空機保存展示に関わる仕事の人には、必読の書として推薦し、東文研において近年特に文化財としての航空機保存に力を入れていると、皆さんから讃えられている同所保存科学センターの中山俊介さんに、講演会と本書出版のお礼を申し上げます。
日替わりメモ090904番
○
未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用
ライトフライヤーは、初飛行後に壊れたので修理しました。修理するに当って、兄弟は初飛行の時とは違う材質の木材を使ったそうです。理由は、記念すべき人類初飛行の機体のすべてがわかるようにするためだと‥ リンドバーグが大西洋初横断飛行でパリに到着する前に、記念すべき機体を将来是非スミソニアンに寄贈してくれと電報を打った人、リンドバーグはそれに応えてみずから操縦してワシントンへ持ってきた‥ 今、我々が航空史の中に入って航空科学技術の進歩を知るときに、偉大な事業を成し遂げた人々と共に、それを継承し技術を保存しようと努力してきた人々のことを思わずにはおれません。
以上は、図書室にやや興奮気味に紹介している冊子の中で長島さんが話していることです。この書が日本の航空機遺産の保存と活用に敷衍するものであることを願います。(呉大和ミュージアムの零戦担当者にも是非読んでもらいたい)
日替わりメモ090905番
○ 続
未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用
さっそく、この本を欲しい方から連絡がありましたので、東文研へ取り次ぎました。在庫は少数でしょうから早いもの勝になると思います。
昨日の続きで、長島さんの経験からのエピソード
晴嵐の外板やパネルの内側に鋭利な刃物で書いた「うつぞ仇敵」という文字や着物姿の女性の絵などが見つかったそうです。建築物を解体すると棟梁や大工の名前や落書きが発見されて、歴史が書きかえられたりしますが、そんな大げさなことでなくとも、庶民の息遣いから風俗までを感じ取れるのではないでしょうか。
東京湾で引き揚げられた鍾馗のものとみられるエンジンでは、ボルトとボルトの間を結ぶセーフティワイヤをよく見ると、ねじり方など、きわめて雑でいい加減な作業をしていたことがわかるそうです。自転車屋程度の町工場でも軍御用達で高級部材を作らされた(報奨金ねらいで進んで指定を受ける者もいた)戦争末期の一端を物語るものでしょうか。
最後のモリス氏の答弁をもうひとつ紹介しておきます
オリジナル保存機が部分的に脆弱になりすぎた時には、取り換えて代替品としてレプリカを作りますが、それが代替品であることを示しておきます。私は、見学者がみているものがオリジナルではないのにオリジナルだと思うことがないように、ごまかすようなことをしません。
日替わりメモ090911番
○
「未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用」書評に関して 佐伯邦昭
書評「未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用」及び日替わりメモ090904、090905の記述に関して、ABCさんから痛烈な批判を頂戴しました。オフレコ希望ですが、本のもとになった講演会を実際に聴講しておられますので、拝聴すべきひとつの貴重な見解として敢て佐伯の責任で匿名で紹介いたします。
常に辛口の佐伯があれほど手放しで褒めちぎることに疑問を覚えたという書き出しで始まるメールでは、
(1) イギリスと日本の航空機保存現場の状況がまるで乖離していること
(2) モリス氏には、日本の実情を勉強してから講演をしてほしかったこと
(3) 日本人の講演者の1人のお話しは、これが現場を知らない、知ろうともしない日本の有識者の講演なんだなと感じたこと
(4) 長島さんの目指す方向性には同感であるが、日本ではその土台となるものが固まっていないのではないか
等々の感想と疑問が連ねてあります。
(1)(2)及び(4)については、私にもうなづける点があります。丸めて言うならば、5段階評価でモリス氏やマロニー氏やスミソニアン航空博物館をレベル5とするならば、日本はレベル2か1の段階であるということ、それを認識せずして高度の話しをすれば、苦労して復元などに携わっている人々の反感を招くし、それを手放しで誉める佐伯は、いつのも辛口にふさわしくないであろうと。
(3)の部分については、本書を読む限りでは、そのような感じをうかがわせる記述が見つかりませんので、講演記録が不完全なのか、意図的に編集されているのか、ABCさんだけが感じた思いなのかは私にはわかりません。
さて、今回の私の書評は、お言葉のように「手放しで褒めちぎる」ほどではないにしても、たしかに甘口ではあります。それは次のような流れの中で自然に醸成されてきたものであり、或る程度確信犯の甘口ともいえます。
私が復元機展示問題にに拘るようになったのは、
日本のダクラスDC-3研究において、航空再開後の国内旅客機普及に最大とも言える貢献を果たしたDC-3なのに、退役後きわめて粗末な扱いを受け、出版物でも平木某以下DC-3に関する嘘八百がいかに多いかというのを見てからであります。
特に北海道深川市役所がJA5024の解体処分を決定した際に、口では大きなことを言っている航空第一人者たちが尻込みや見て見ないふりをしたこと、更には、呉市海事歴史科学館が零戦に関してそのずさんな扱いを秘匿し、戦艦大和模型についても嘘を言ってきていることが、文化財としての科学技術の保存展示に大いに目を開かせることとなりました。
私にできることは、航空史探検博物館を充実させて、DC-3だけでなく退役して各地に保存展示されている航空機すべての情報を収集公開して趣味から研究までの参考に供していることは皆さんご覧のとおりです。
この間、かかみがはら航空博物館、成田の航空科学博物館に関係する人々その他多くの方から助言や非公開の資料を頂戴し、素人出身の私でもなんとか一人前の辛口や甘口が言えるようになった訳であります。
本題の「未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用」甘口紹介の理由を述べます。
日本がレベル2か1の段階にあることは、ナショナルミュージアムであるべき国立科学博物館の航空機コーナーのあの貧相さが象徴しています。あの階の学芸員が1人しかいないので、航空機にはなかなか手が回らない、でもその人の奮闘のお陰でYS-11がかろうじて可動可能な状態で羽田の貸倉庫で出番をまっているが、見通しは暗い‥ (暇な方は一度独立行政法人国立科学博物館法第3条を読んでみてください。自然史に関する科学その他の自然科学という文字はありますが、科学技術を扱うとは一言も書いてありませんから)
さて、この本を出版した独立行政法人東京文化財研究所ですが、その発足が美術研究所であるように、とちらかというと古代からの建造物、絵画、彫刻、工芸品、書跡、典籍、古文書の研究が主体、殊にマスコミ受けするのが奈良、明日香、京都という雰囲気の中で、苦労しながら飛行機を含む機械遺産分野のシェアを広げつつあります。
今では、時代の先端を走ってきた機械産業技術を、逆に伝統遺産の解明に応用するといった体制に力が入れられており、これは広く知ってもらいたい事柄であると思っています。そのことで、ABCさんの言う土台が構築されていくのではないでしょうか。
よって、私の甘口は、東京文化財研究所がより充実した活動を行えるように、政治家や霞が関にアピールするための応援歌であります。ABCさん、おわかりでしょうか。
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