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図書室
T90 未来につなぐ人類の技18 鉄構造物の保存と修復  航空機の場合 掲載18/09/15
T47

未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用

掲載09/09/04
T46 コルセアKD431 文化財としての航空機修復 掲載09/05/28
T03 未来につなぐ人類の技1 航空機の保存と修復 掲載03/11/08

 

T90 未来につなぐ人類の技18  鉄構造物の保存と修復 航空機の場合  90

 

 

 書名 未来につなぐ人類の技18  鉄構造物の保存と活用

 
発行 2018年8月31日

 発行  独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所
     保存科学研究センター 近代文化遺産研究室
     
 体裁 A4判 114ページ

 頒価 非売品 ネットで全文を見ることができます
 http://www.tobunken.go.jp/image-gallery/conservation/18/index.html
 
 

 鉄構造物に避けることのできない錆や腐食をどのようにして修復するか、どのようにして保存するかの研究をまとめた本です。鉄橋など長期使用に及ぶもの、或いは近代科学文化遺産として後世に伝えるべき構造物の保存処理の実例が多数の写真や表と共に豊富に紹介されています。

      

      

 スミアソニアンの晴嵐、万世特攻平和祈念館の零式三座水偵、入間基地教育講堂の鐘馗のエンジン、岐阜各務原航空博物館の飛燕、同館収蔵庫のT-1試作1号機の各金属部品の腐食の状況とその修復等の実際が詳しく記述してあります。

 晴嵐や飛燕については、既に発表済みのものもが多いですが、この論文では、航空機の主要材料であるアルミニュームの腐食、アルミと鉄など電位が異なる異種金属との接触腐食の対策について新たな知識が得られます。

 遺産としての航空機の場合は、海中から引き揚げられた物、大型機など露天保存しなければならない物、屋内でも観覧者が機体に触れるケースなど、いずれも錆や腐食の進行に悩まされるものです。
よって、それぞれに水槽での脱塩、薬品の塗布、結露防止のため温度湿度の適正な管理等々の手間が掛けられています。

 零式三座水偵の場合は、脱塩が不十分であり、劣化を防ぐために透明塗料が塗られていますが、これは水や酸素を防ぐ効果はないそうです。そこで、取り外されている計器などを東文研で脱塩処理しています。純水のビーカーに沈めて、水を時間おき、日おき、週おきに交換しながら塩分が検出されなくなるまで続け、最後には歯医者が使っている超音波の器具で付着していた異物を取り除いた結果、顕著な効果を得たそうです。

 航空機保存に関係する人、すべてに読んでもらいたい記述であるし、第5章以外の論文も難解な用語は多発しますが、少しでも科学に関心を持つ人には鉄構造物についての常識をため込む書物として、大いに推薦いたします。

           

 

T47 未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用  47


 未来につなぐ人類の技8

航空機遺産の保存と活用

 

 書名 未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用

 発行 2009年3月31日

 発行  独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所
     
 体裁 B5判 57ページ

 頒価 非売品


 
 

 

 「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」の原著者デイヴィッド・モリス氏を迎えて開催された講演会の記録です。

 デイヴィッド・モリス氏の講演は、著書(図書室46)の内容をまとめたもので、あらためてコルセアKD431をあるがままの姿に復元したち密な考慮と作業に感銘を受けますが、それ以上に興味があるのは、講演後の質疑応答でのやりとりです。

 彼は、講演会に先立って海自鹿屋航空基地史料館、万世(旧加世田)平和祈念館、知覧特攻平和祈念館、かかみがはら航空博物館を訪れて復元された展示機を観察しています。質疑応答の中で「オリジナル機が現代の艶のある塗装で、もしかしたら工場からでてきたときよりも良い状態で展示されている 〜 なぜ新品に見えるように仕上げたのでしょうか」と痛烈な皮肉を発しているのです。

 それが、上記のどこの展示機を指すのかは、皆さんおわかりでしょうか。外国人に指摘されると納得するというのは日本国民の特性みたいなものですが、東文研は、モリス氏を呉大和ミュージアムへも案内してほしかったです。呼び寄せパンダン的な零式艦上戦闘機と栄エンジンに対面した時に彼がどう思うか知りたいです。

 しかし、航空機の展示から見世物という概念を抹殺してしまうことはできませんから、私的な施設や財政力のない自治体の展示にまで難しいことを望むのは無理でしょう。そのあたりを、同時に講演した日本航空協会の長島宏行さんが航空機の保存(展示)について、次のような分類をしています。

・ 科学教材として
・ 平和や戦争の象徴(記念碑)として
・ 見世物として
・ 文化財として

 それぞれの個体をひとつの定義に収めることはできませんし、人により時期により目的は複合し変化するものと思います。彼は、所沢の九一戦復元について検討された考察を多く引用しながら克明に解説していますが、複合し合う目的と現実の姿をどう調整していくかは、学問的にもっともっと深められていくべき分野だなあという感じをもちます。

・ 文化財として

 長島宏行さんがカラースライドを使って紹介したスピリットオブセントルイス機に残る工員たちのサイン、F-86試作2号機のジュラルミンが手作業の鋏で切られている証拠、晴嵐のオリジナルが復元できるように透明な皮膜を塗ってその上に再塗装している等々の事実には圧倒されます。

 後世の歴史家やセミプロ達が、まるで見てきたようなウソをつく世情に対して、これら展示物たちはどう思っているでしょうか。特に日本の公的博物館においておやです。

・ 鹿児島県の実例

 これは、既に周知のことなのかもしれませんが、私は、同じく講演者の平山助成さん(元鹿屋航空基地工作所長、現平山郁雄美術館館長)の鹿児島県の海に沈んでいた零戦と零式三座水偵の引揚から復元展示に至る経験談にも感銘を受けました。特に、初めてみるカラー写真も多く掲載されており、それらから、この両展示に関係した人々の熱意と科学的良心がそくそくと伝わってきます。

 零式三座水偵については、デイヴィッド・モリス氏がコルセアKD431で行った作業に匹敵するといっても過言ではない気がします。よくぞあの姿で万世(旧加世田)平和祈念館に保存してくれました。長く、その姿を留めるであろう実物と共に、その洗浄から修理と保存処置を行った海上自衛隊の皆さんの功績も長く記憶されるべきものと思います。

 ただその時培ったノウハウが保存継続されているのかが気になります。

 

 以上、語り尽くせませんが、本書を一読しての感想であります。講演会に出席できなかった航空機保存展示に関わる仕事の人には、必読の書として推薦し、東文研において近年特に文化財としての航空機保存に力を入れていると、皆さんから讃えられている同所保存科学センターの中山俊介さんに、講演会と本書出版のお礼を申し上げます。


日替わりメモ090904番

○  未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用

 ライトフライヤーは、初飛行後に壊れたので修理しました。修理するに当って、兄弟は初飛行の時とは違う材質の木材を使ったそうです。理由は、記念すべき人類初飛行の機体のすべてがわかるようにするためだと‥  リンドバーグが大西洋初横断飛行でパリに到着する前に、記念すべき機体を将来是非スミソニアンに寄贈してくれと電報を打った人、リンドバーグはそれに応えてみずから操縦してワシントンへ持ってきた‥  今、我々が航空史の中に入って航空科学技術の進歩を知るときに、偉大な事業を成し遂げた人々と共に、それを継承し技術を保存しようと努力してきた人々のことを思わずにはおれません。

 以上は、図書室にやや興奮気味に紹介している冊子の中で長島さんが話していることです。この書が日本の航空機遺産の保存と活用に敷衍するものであることを願います。(呉大和ミュージアムの零戦担当者にも是非読んでもらいたい)

日替わりメモ090905番

○ 続  未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用

 さっそく、この本を欲しい方から連絡がありましたので、東文研へ取り次ぎました。在庫は少数でしょうから早いもの勝になると思います。

 昨日の続きで、長島さんの経験からのエピソード
 晴嵐の外板やパネルの内側に鋭利な刃物で書いた「うつぞ仇敵」という文字や着物姿の女性の絵などが見つかったそうです。建築物を解体すると棟梁や大工の名前や落書きが発見されて、歴史が書きかえられたりしますが、そんな大げさなことでなくとも、庶民の息遣いから風俗までを感じ取れるのではないでしょうか。

 東京湾で引き揚げられた鍾馗のものとみられるエンジンでは、ボルトとボルトの間を結ぶセーフティワイヤをよく見ると、ねじり方など、きわめて雑でいい加減な作業をしていたことがわかるそうです。自転車屋程度の町工場でも軍御用達で高級部材を作らされた(報奨金ねらいで進んで指定を受ける者もいた)戦争末期の一端を物語るものでしょうか。

最後のモリス氏の答弁をもうひとつ紹介しておきます
 オリジナル保存機が部分的に脆弱になりすぎた時には、取り換えて代替品としてレプリカを作りますが、それが代替品であることを示しておきます。私は、見学者がみているものがオリジナルではないのにオリジナルだと思うことがないように、ごまかすようなことをしません。 

日替わりメモ090911番

○  「未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用」書評に関して  佐伯邦昭

 書評「未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用」及び日替わりメモ090904、090905の記述に関して、ABCさんから痛烈な批判を頂戴しました。オフレコ希望ですが、本のもとになった講演会を実際に聴講しておられますので、拝聴すべきひとつの貴重な見解として敢て佐伯の責任で匿名で紹介いたします。

 常に辛口の佐伯があれほど手放しで褒めちぎることに疑問を覚えたという書き出しで始まるメールでは、
(1) イギリスと日本の航空機保存現場の状況がまるで乖離していること
(2) モリス氏には、日本の実情を勉強してから講演をしてほしかったこと
(3) 日本人の講演者の1人のお話しは、これが現場を知らない、知ろうともしない日本の有識者の講演なんだなと感じたこと
(4) 長島さんの目指す方向性には同感であるが、日本ではその土台となるものが固まっていないのではないか
等々の感想と疑問が連ねてあります。

 (1)(2)及び(4)については、私にもうなづける点があります。丸めて言うならば、5段階評価でモリス氏やマロニー氏やスミソニアン航空博物館をレベル5とするならば、日本はレベル2か1の段階であるということ、それを認識せずして高度の話しをすれば、苦労して復元などに携わっている人々の反感を招くし、それを手放しで誉める佐伯は、いつのも辛口にふさわしくないであろうと。

 (3)の部分については、本書を読む限りでは、そのような感じをうかがわせる記述が見つかりませんので、講演記録が不完全なのか、意図的に編集されているのか、ABCさんだけが感じた思いなのかは私にはわかりません。

 
 さて、今回の私の書評は、お言葉のように「手放しで褒めちぎる」ほどではないにしても、たしかに甘口ではあります。それは次のような流れの中で自然に醸成されてきたものであり、或る程度確信犯の甘口ともいえます。

 私が復元機展示問題にに拘るようになったのは、 日本のダクラスDC-3研究において、航空再開後の国内旅客機普及に最大とも言える貢献を果たしたDC-3なのに、退役後きわめて粗末な扱いを受け、出版物でも平木某以下DC-3に関する嘘八百がいかに多いかというのを見てからであります。
 特に北海道深川市役所がJA5024の解体処分を決定した際に、口では大きなことを言っている航空第一人者たちが尻込みや見て見ないふりをしたこと、更には、呉市海事歴史科学館が零戦に関してそのずさんな扱いを秘匿し、戦艦大和模型についても嘘を言ってきていることが、文化財としての科学技術の保存展示に大いに目を開かせることとなりました。

 私にできることは、航空史探検博物館を充実させて、DC-3だけでなく退役して各地に保存展示されている航空機すべての情報を収集公開して趣味から研究までの参考に供していることは皆さんご覧のとおりです。

 この間、かかみがはら航空博物館、成田の航空科学博物館に関係する人々その他多くの方から助言や非公開の資料を頂戴し、素人出身の私でもなんとか一人前の辛口や甘口が言えるようになった訳であります。

 
 本題の「未来につなぐ人類の技8 航空機遺産の保存と活用」甘口紹介の理由を述べます。

 日本がレベル2か1の段階にあることは、ナショナルミュージアムであるべき国立科学博物館の航空機コーナーのあの貧相さが象徴しています。あの階の学芸員が1人しかいないので、航空機にはなかなか手が回らない、でもその人の奮闘のお陰でYS-11がかろうじて可動可能な状態で羽田の貸倉庫で出番をまっているが、見通しは暗い‥ (暇な方は一度独立行政法人国立科学博物館法第3条を読んでみてください。自然史に関する科学その他の自然科学という文字はありますが、科学技術を扱うとは一言も書いてありませんから)

 さて、この本を出版した独立行政法人東京文化財研究所ですが、その発足が美術研究所であるように、とちらかというと古代からの建造物、絵画、彫刻、工芸品、書跡、典籍、古文書の研究が主体、殊にマスコミ受けするのが奈良、明日香、京都という雰囲気の中で、苦労しながら飛行機を含む機械遺産分野のシェアを広げつつあります。 今では、時代の先端を走ってきた機械産業技術を、逆に伝統遺産の解明に応用するといった体制に力が入れられており、これは広く知ってもらいたい事柄であると思っています。そのことで、ABCさんの言う土台が構築されていくのではないでしょうか。

 よって、私の甘口は、東京文化財研究所がより充実した活動を行えるように、政治家や霞が関にアピールするための応援歌であります。ABCさん、おわかりでしょうか。

 

 

T46 コルセアKD431 文化財としての航空機修復  46

 コルセアKD431 文化財としての航空機修復

   著者 デヴィット・モリス
   訳者 苅田重賀   
   監修
 独立行政法人 国立文化財機構 東京国立文化財研究所
       財団法人 日本航空協会 航空遺産継承基金   
   発行 オフィス HANS  
定価 3,200円+税


 

 

紹 介  

こやまの航空宇宙博物館雑記帳から拝借しました。

 お勧めの本 「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」 2009/05/16

 標記の本ですが、徒然ノート2007年12月21日の書き込みで触れた「Corsair KD431 THE TIME CAPSULE FIGHTER」の和訳本が出版されました。

 著者のデイヴィッド・モリス氏はイギリス海軍航空博物館の学芸員で、同博物館でのF4Uコルセア艦上戦闘機の修復作業を担当された人物。
 本書はそのコルセア艦上戦闘機・シリアルNo.KD431の修復過程を纏めたものです。

 航空機の復元・修復事例は数あれど、その機体(コルセアKD431)の現役当時の状態の再現を最大の目標として行われた調査と作業は『文化遺産としての航空機修復とはこうあるべき』という指針になるといえると思います。

 お値段は張りますが、航空機の復元・修復に興味のある方は「買うべし!」です。 ホント、この本はスゴイよ。

 ・・・まさか訳本出るとは思わなかったから洋書を買っちゃっていたんだけどな〜・・・ (^_^;;
                  

小山さんのホームページ

クリックでジャンプ
徒然ノートを開いてください


 紹介は、小山さんの「航空機の復元・修復に興味のある方は買うべし! ホント、この本はスゴイよ。」に尽きるので、お願いして拝借しました。敢て付け加える言葉はありません。

 そのかわりに、この本を手にとった時点で、呉市海事歴史科学館大和ミュージアムに関する疑義を再編集中で、日替わりメモに同館の零戦修復との関連でいろいろと意見を書き、それに対する中村さんの感想なども頂きましたので、以下列記しておきます。


日替わりメモ090516

○ 旧・新大刀洗平和記念館の現状と展示を待つ零戦

 新大刀洗記念館の零戦は、サイパンから福岡市に復員してきてから太宰府天満宮、名古屋空港ビルの航空宇宙館、甘木市の音楽館に続いて四度目の展示になりますが、多分、ここが終の棲家(ついのすみか)になることでしょう。
   展示準備中の新しい大刀洗平和記念館の外から撮影させてもらった零式戦闘機は、既に組み立てを終わり埃よけのビニールに包まれて静かに公開を待っているかのごとくです。

 (中略) もし、サイパン島での修理、福岡での応急修理、中日本航空での本格展示向け修理、福岡への分解搬送の状況などが細かに記録してあるとすれば、将来、この零戦32型Y2-128によって零式艦上戦闘機のオリジナルを再現することが可能になります。

○ なぜ、こういうことをしゃべるのかというと、日本航空協会航空遺産継承基金発行の「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」なる3200円もする大書を読んでいるからです。いずれ図書室で取り上げますが、内容は、イギリス海軍航空隊博物館が4年間にわたってイギリス海軍のコルセア(米空軍名F4U)戦闘機を、ほぼ、完全にオリジナルに復元した状況を豊富な写真と懇切な解説でまとめたものです。

 海軍航空隊博物館へ来る前に、或る大学の博物館で見栄え良く修復されていた機体をアメリカの工場出荷から英海軍退役までの来歴を調べて、その状態を復元するために大変な努力を重ねるのですが、ざっと読んでみて次の2点にいたく感銘しました。

 第一に、見栄えのために塗られていた塗料を消すのに、剥離剤を用いたり、上塗りをしたりするのでなく、医療用のメスや微粒のコンパウンドなどで丁寧にはがし、オリジナルの塗装を露出させるというような綿密な作業を行っていること。それで、従来の町工場並みの 作業状態が見直されて限りなくオリジナルに近くなっていること。

医療用メスで塗膜をはがしているところ
塗料をはがしたところ、オリジナルの英海軍機のマーキングの色と形状が現れてきた。このときは興奮したという。
主翼の塗料をはがしたら、逆ガルの箇所に整備員が乗って傷がついた跡が明瞭に現れてきた。これぞ生きていた飛行機の生の姿なのだ。

 第二に、不明な箇所を、勝手な解釈で触ったりせずに残していく、そうすると4年間のうちにたくさんの情報(当時の軍人や報告書や指令書など)が自然に集まってきたり、他の部分から関連して明らかになったりしていったこと。それによって、英国向けコルセア戦闘機の全貌が明らかになり、航空史解明に大きく貢献することになったこと。

 これぞ、航空機という文化財を扱う人の基本中の基本であり、良識中の良識です。呉市海事歴史科学館が、あのオリジナル零戦を8千万円のうち4千万円を誰かに横取りされて、所沢の小さな町工場で飛行機好きのおやじさんに修復を任せ、ろくな考証も検査もせずにその零戦を台無しにしてしまった、戦後史に特筆されるべき公的機関の大失態が思い出されます。

 呉市海事歴史科学館の罪は重いですが、それを知りながら、或いは知らずに見逃してしまった政府機関その他の関係者の罪も重いです。彼らは「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」をどんな気持ちで読むでしょうか。一度腹の内を聞いてみたいものです。 

 


日替わりメモ090518

○ 日本航空協会にお願い  「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」に関連して

  「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」の帯に『これほどまでに真正性を尊重したCorsair KD431が果たしたさまざまは、今後の近代のこの種遺産の保存活用への大きな指標となることは間違いなかろう』とあります。中味を読めばそれが決して誇張でないことがわかります。

 さて、財団法人日本航空協会航空遺産継承基金は、今日18日付けで都立産業技術高専が保管している読売Y-1ヘリコプターなど国産6機を重要航空遺産として認定するそうです。

 結構なことでありますが、併せてお願いを申しあげておきます。

 次なる重要航空遺産の候補に大和ミュージアムの零式戦闘機を検討の中に入れているならば、本書を発行された趣旨に著しく反します。

 なぜなら、同機が琵琶湖から引き揚げられて、京都の民間施設で一般展示目的のために簡単な修復が行われた後において、いやしくも公立の科学博物館たる呉市海事歴史科学館がやったことは、所沢の小さな町工場で、内容を一切公開しない完全秘匿裡に作業を行 い、適当にごまかしの部分も存在するずさんな修復 ―― 言ってみればイギリス海軍航空隊博物館が4年間にわたってコルセアKD431に施した作業との対極にあるのが、ただいま大和ミュージアムにある名機零戦だからです。

 館の開館日に合わせて大和の模型と並ぶ目玉展示にするだけの目的でなされた妥協行為は、施設経営の面に限れば理解しますが、時間をかけて慎重かつ綿密な検討がなされずに工作された物体としては、重要航空遺産の趣旨に著しく反する結果になっていると言わざるを得ません。

 ただし、航空遺産継承基金において実態を調査され、同機の経歴や考証と修理の過程が確かなものであったと認められて、その一切がコルセアKD431のように公開されるなら、発言は撤回します。
 


日替わりメモ090522

○ 日本航空協会の重要航空遺産に戦後航空再開時の国産航空機群を指定

 神風エンジンと東洋航空のTT-10練習機やフレッチャー攻撃機、萩原技師のラムジェットヘリコプターなど5機が重要航空遺産として認定されました。詳しくはHPをご覧ください。
 http://www.aero.or.jp/isan/heritage/aviation-heritage-kosen-collectiojn.htm 

 認定理由を読み進みますと、あの時代によくぞ取り組んだものとそのパイオニア精神に頭がさがりますし、人々から見放されてスクラップ行きの運命にあったものを東京航空高専に受け入れるために尽力した人々、及び、展示館において当初の姿に修復しまるで稼働状態のように整備した同校教授陣にも頭がさがります。

一例
 1993年に機体を分解し腐食している主翼木部を修理すると共に主翼および胴体の羽布部分の破損箇所を補修、胴体内部に防錆塗装を行うと共に外部銀塗装を上塗りしたが、全般的に使用当時の状態を保っている。また、修理の記録も残っている。

 「使用当時の状態」「修理の記録」  この2点が最も重要であることは論をまたないでしょう。佐伯が耳タコのように強調してきている、修復時の町工場的作業や情緒的な考えの再塗装で、「使用当時の状態」を台無しにしてしまい、「修理の記録」もないという博物館保存機がいかに多いことか。

 例の零式艦上戦闘機の所沢の修理では、作業員の目分量で工作した部分もあるとか、プラスねじをマイナスねじに見せるように溝埋めしたり、羽布がわりにビニールクロスを使ったりしているそうですから「使用当時の状態」とは無縁でしょうし、「修理の記録」があるのかないのか検証や作業の責任者や工場名すら秘匿されたままですから。  
 となると、後世のために反重要航空遺産に指定したら如何なものか思っている次第。 
 


日替わりメモ090523

○ 立ち読み雑感

 昨日、所用のついでに本屋で立ち読みしてきました。大日本絵画の鐘軌戦闘機隊 陸軍飛行第 70 戦隊写真史という分厚い本の後半に秋水の訓練グライダー秋草の特別部隊集があり、たくさんの写真が発表されています。驚いたことに、柏基地の地上や上空の秋草の写真の殆どが木村秀政撮影ということです。彼は、写真家の木村伊兵衛氏に師事していたのだそうで、軍事機密基地での行動も許される立場での芸術性を加味したカメラワークには、思わず羨ましさを感じました。

 もうひとつ、何度も触れてきた日本航空協会航空遺産継承基金発行の「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」 も書棚に5冊も重ねて売っておりました。文化財としての航空機修復を内容とするこの種の本が、一般書店で売れるのかと驚きましたが、よく考えてみれば、本書の内容はあらゆる文化財の復元修理に共通する理論と実際であり、そういうことに関心をもつ人々の教科書たり得るものなのです。

 飛行機(自動車でも家具調度品でも何でもいい)を博物館展示目的で作ることはありません。人間が使うためです。しからば、文化財として博物館に展示するのは、人々の手垢がついた最後の使用状態でみせるからこそ、科学技術史上の価値が付加されるのです。

 くどいですが、大和ミュージアムの零戦と栄エンジンは、琵琶湖へ突っ込む寸前のありのままの姿に復元してこそ価値があります。外観をそれらしく加工して色を塗りたくって展示するくらいなら、原寸大のプラモデルを作っておけば十分です。民営施設ならいざ知らず、公共の科学博物館の使命を考え直すためにも、大和ミュージアムの職員は「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」 を熟読吟味するよう要望しておきます。 090516番参照
 


日替わりメモ090525

○ 「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」に関する意見

中村泰三さんから :

 ヒコーキ雲、編集・公開にて精力的に頑張っておられる姿をみて頭が下がります、ありがとうございます。

 さて 、イギリス海軍航空博物館所蔵のコルセアの話を呉零との引き合いに出していますが、色々な機体を見てきた私にとって は、比較はあまりにも酷だと思います。

 勿論学術的に精査した上でオリジナル重視の修復等が必要な事は切実に解っているつもりですし、呉零では「もう少し何とかならないものか?」と残念な点を多々思っていますが・・・  
 それを踏まえても日本ではコルセアレベルの話をするには土台がなっていないと思うばかりか、現状と有識者との考えに乖離が見られると感じてしまいます。

 有識者は絶対にオリジナルに手を加えてはいけないと言いますが、それ以前にどれだけの重要な航空遺産が捨てられてきたか、二式大艇に見られる処遇とか(唯一の機体であるアメリカも認める傑作機が重要航空遺産にも指定されず屋内にも入れられない!腐食進行のまま!)、部品等の航空遺産ではお金出しての収集努力もせずに、現状マニアが保存を助けている事実を理解するどころか良く思わないとか、まず初めに基本的なそれらの事を追及し 確立してからコルセアレベルの事を日本に当てはめてはと私は考えてしまいます。

 日本と海外では程度が対極な点が現実ですし・・・ 

 デイブ・モリス氏(コルセアKD431 文化財としての航空機修復の原著者)が東京文化財研究所で講演された「近代の文化遺産の保存修復に関する研究会」の質疑応答でも、「日本の現状とコルセアとの比較は無理が在るのでは?」と質問が飛びかっていた事を思い出します。

 結局、佐伯 さんの考えと私の考えも行きつく所は同じだと思いますし、上記の意見はコルセア修復書籍を出版された方を始め日本各所で頑張っていらっしゃる方々を批判するものではなく、私が見てきた事を踏まえて「日本はどうにかならないものか?」と憂慮することであります。

佐伯から : ありがとうございました。こういう反応が来るのを心待ちにしていました。

 私の論調がかなり感情的であるのは認めます。それは、呉市役所の課長や大和ミュージアムの職員のあまりにも無責任な行動に対する怒りの発露です。彼らに、行政マンとしてあるいは科学技術や文化財を扱う者としての良心があって、率直に素直に私に話しかけてくれれば、こうまでエスカレートすることはなかったのです。零戦に責任はありませんよね。

  それは、ともかくとして中村さんの日本の現状についての話は同感です。ただ、各務原のUF-XSのようにホームT03英語版に横山晋太郎さんの記事がある)、あるいは所沢の九一戦A-3304のように、あるいは東京航空高専A3606のように相当なレベルで処理されているものもあり、一概に米英との差があるとは言えないような気がします。

 ただ、零戦で言えば、鹿屋、三菱小牧、浜松、上野の物件は既にどうしようもないので、呉市海事歴史科学館の機体が公的機関が当時の技術状況を検証する最後のチャンスでした。(大刀洗、河口湖、靖国の零戦は民間人の扱いなので、コメントは控えます)
 だから、
090516に「呉市海事歴史科学館の罪は重いですが、それを知りながら、或いは知らずに見逃してしまった政府機関その他の関係者の罪も重いです。」と書きました。

 モリス氏の講演を企画した東文研は、これを読んで気分を悪くしたかもしれません。しかし、文化財のために予算を獲得してくれる政治家や理解のある財務官僚は少なく、東文研自体も切歯扼腕という現状があります。各務原の倉庫に眠るT-1A1号機は、修復約束の期限はとうに過ぎているのにまだ手が付いていません。

  だからといって、コルセア修復の本の刊行が無意味だとは決して思っていません。はばかりながら私を含めて声を上げることが大切だと考えている次第です。

中村さんから :

 「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」を出版していただいた関係者の方々にはとても感謝しています。ただ思う所が言えなくてもどかしいのですが、様々な所を見てきて上で日本の現状を残念で悔しくも思う訳です。
所沢の91戦も佐伯さんの言う通りですし同感しています。(各務原のUF-XSは勉強不足で分かりません)

 しかし佐伯さんは「一概に米英との差があるとは言えないような気がします。」とおっしゃっていますが佐伯さんの示される機体はいずれも程度の良い機体です。

 
それに比べ呉零は腐食度合いが対極なんです。もし呉零をコルセア修復と同じ事をできればそれはそれで意義が在るでしょうし、私もその様な修復をしてもらいたいと思う気持があります。
しかしそれを行うためには凄まじい労力と莫大な資金が必要ですし、たとえできたとしても皆が見たいと思う展示品となるでしょうか?

 
私は程度の良い物は、オリジナル重視でコルセアと同じ手法を取ることに大賛成です。しかし腐食が酷いものは逆に妥協も必要と考えるのです。
 
勿論佐伯さんがおっしゃる「当時の技術状況を検証する」等の事をした上で、程度の良い部分はオリジナルを残し、酷い部分は展示の方向性等の議論を経てからの複製が理想ですが。

 もしもデイヴィッド・モリス氏が呉零もしくは大刀洗の32型を修復するとしたら、コルセアと同じ事をしたか?と考えれば私は絶対しないと考えます。

 勿論在る程度はコルセアと同じ指針で行うでしょう、しかし程度の問題でどうにもならない部分が在ると私は考えるのです。

小山澄人さんから :

 著者のデイビッド・モリス氏ですが、昨年来日された際、各地を回られ各務原にも来られました。私は仕事の関係でお会いできなかったので、東京の講演会に休暇を取って行きました。

 その講演会の最後にモリス氏が聴衆に向かってこんなことを言われました。(発言の内容、ちょっと記憶があいまいなのですが) 「日本に来て、何箇所か展示施設を見せてもらったが、ある施設では、歴史的航空機が玩具のような塗装をされて展示されていた。 貴方たち日本人は、これをどう思っているの?」

 『玩具のような塗装』という言い方ではなかったかもしれませんが、「ある施設」というのはどこのことでしょうねえ?

佐伯から : 

 中村さん、呉零についてはもう言っても無駄ですが、せめてもの願いとしては、琵琶湖から引揚以後の記録一切、特に所沢の町工場での作業に当たって寄せられたアドバイス、メモに至るまですべての資料、議論の全貌、作業状況の写真等を(客観的に)学術資料として整理して誰でも閲覧できるようにして貰いたいです。結果がすべてであって、過程は問題外というのは科学ではありませんから。

 最近になって、靖国神社の零戦の垂直尾翼がオフセットされているという発見が伝えられ、復元上の単なるミスなのかどうか話題になったりします。要は、零式艦上戦闘機に関する決定的な拠り所は実機に求めるしかなく、研究の糸口を求めて呉市へ行ってみるというような状況がつくりだされればなあ‥ と思っている次第です。

 小山さん、メール無断拝借をお詫びします。「ある施設」はおよそ想像がつきます。大和ミュージアムで栄エンジンの減速ギアケースが新品同様にベッタリと青塗装されているのを見たら、知識のある人なら Is it a toy? なんて発するでしょうよ。
 高らかに技術立国を掲げてきた日本が、くだらぬことで外国人に物笑いにされるとは情けない限りですね。

 なお、「コルセアKD431 文化財としての航空機修復」については、小山さんのホームページにうまくまとめて紹介してありますので、近々それを拝借しながら、一連の日替わりメモの記述も含めて図書室に紹介記事を書いておきたいと存じます。

 航空遺産継承基金や東文研からのひとことがあると生きるのですが‥。

 

 

T03 未来につなぐ人類の技1 航空機の保存と修復  03
 
 日本語版表紙(B5版85ページ)

 航空機の保存と修復

監修 東京国立文化財研究所
 

 発行 オフィス HANS
     東京都渋谷区広尾2-9-39 TEL03-3400-9611
     E-mail ofc5hans@m09.alpha-net.ne.jp

 日本語版 定価2200円税別 送料と振込み手数料は無料
 


上は日本語版 下は英語版  

 東京国立文化財研究所(現在は独立行政法人文化財研究所  東京文化財研究所)は、古代遺跡や重要美術品の保存修復でよく知られていますが、平成12年度からは近代の文化遺産の保存修復の調査研究に乗り出し、最初の対象分野として航空機が取り上げられたのだそうです。独立行政法人に変わってからどうなるのか不明ですが、日本でもやっと国レベルで航空機の保存修復が考えられるようになってきたということで意義があると思います。

 この本は、同研究所の修復技術部が二度にわたって行ったシンポジュウムの発表を中心にして編集されたもので、航空機の保存と修復について日本で初めてのまとまった文献であり、おなじみのロバート ミケシュさんの論文をはじめ世界的なレベルで現状を概観することができます。


 人間の想像力の産物という観点から、私は文化的に有意義だとみなせる日本の航空技術の成果として、以下の機体を取り上げたい。それらが如何に価値の高いものであるかの証明は、いくつかの機種がまだ日本に存在しているという事実で十分だろう。二式飛行艇 零式艦上戦闘機 桜花 疾風 飛燕 彗星 紫電改

 これはミケシュさんが文化財としての航空機−日本の航空機の技術的特徴の中で延べているものですが、外国人からこのように言われなければならないわが国の現状は、腹立たしくもあるし、何とか遅れを取り戻さなくてはという焦りを感じます。

 広く読んでいただいて、国がこの分野にもっともっと予算をつけるように、また、各地の保存運動団体や博物館、そして防衛庁など関係省庁と自治体が横の連携を深めてもらうように雰囲気を盛り上げていきたいものと思います。

日本版目次

二式大艇」保存の記録

小堀 信幸

スミソニアン航空宇宙博物館の航空機修復

ロバート・C・ミケシュ

ポール・E・ガーバー施設と航空機,宇宙船の保存修復

アン・マッコム

晴嵐」の保存と修復

ロバート・マクレーン

オランダ空軍博物館のコレクションと国際協力

セバスチャン・クリューガー

ドイツの歴史的航空機の保存復元と展示

ホルガー・スタインレ

グラーデ式単葉機のレプリカ製作

早川 博康

国立科学博物館の航空機保存

鈴木 一義

文化財としての航空機−日本の航空機の技術的特徴

ロバート・C・ミケシュ

旧日本軍機を保存する施設

 

英語版 Conservation of Japan's Aircraft

日本語版の英訳及び次の2論文を付加

Conservation of Aircraft in Japan as We See It Now  by Nagasima Hiroyuki

Present Condition of the Conservation and Restoration of Aircraft   by Yokoyama Shintaro