オフィスHANS 辻 修二さんのお言葉から
「男爵の愛した翼たち」は、航空機に熱い思いを抱き続ける人たちの願いが実現した貴重な本です。
先人たちがこのようにダイナミックに日本の空を飛んでいたことに改めて感動しました。本来の日本人と日本人の技術魂、そして素晴らしい遊び心を今こそ伝えたいと思っております。
それにしても貴重な写真が残っていたものでした。整理にあたられた日本航空協会などの関係者にエールを送りたいと思います。
今回は縁あって日本航空協会発行、オフィスHANS発売ですが、私も楽しく制作編集に関わることができました。印刷も従来のスミ1色ではなく、ダブルトーンというスミともう1色を組み合わせた2色刷にしました。古い写真の細部が繊細に再現されています。家族からは、例によってブーです。コストよりも品質重視のオフィスHANSですから。
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そのとおりです。すべて未発表の航空機写真と飛行家のシャープな写真がこれでもかこれでもかと出てきます。写した写真、貰った写真をここまで丁寧にアルバムに残した宮原男爵とそれを発掘した人に驚きと尊敬の念を禁じえないし、この忙しい時に、1枚づつ整理してこのような本を出した人々のものすごい精神力と体力に感動いたします。
感想その1
難点をはじめに言っておきますと、最後には、いささか食傷気味になります。
それは、民にしろ軍にしろ公式に認知されて、しかもある程度以上に活躍した定番の航空機に慣れているマニアとして、初期の飛行家たちが活躍するHOME・SITEMAP・サイトマップビルト的な伝説のヒコーキになかなかついていけないもどかしさがあるからでしょう。言っても無駄ですが、もっと小出しに発表されていたら、余裕をもってついていけると思うのです。まだ下巻がでるようですが、これは、グラフもしくは読み物というよりも書庫向けの航空基礎資料の範疇です。
もうひとつ、ほぼ完璧ともいえるほど必要情報を抜け目なく網羅した小さな活字のキャプションに、何故か抵抗感と疲れを覚えてしまいます。筆者のお気持ちはよく理解できますし、それを非難することはできませんが、読む方からすれば、要調査の気を起こさせるようなところで抑えておいて貰えばなあ、というところです。
感想その2
「要調査の気を起こさせるようなところで抑えておいて貰えば」というのは、ある一面を述べたのであって、歴史派もしくは記録派マニアを自負する私は、J-レターについて猛烈に要調査の気が起きていることを告白しておきます。
解説を執筆した藤原洋さんも藤田俊夫さんも、佐伯が何を言おうとしているかは判っているはずです。1枚の古い写真を持ち込まれて、さあ何でしょうという時に、まず見るのが「J-〇〇〇〇
」つまりJ-レターです。ところが日本航空史七不思議のひとつですが、未だにJレターの決定版というリストが実現していないのです。空白やクエッションマーク付きのリストを如何に埋めて行くのかが藤田さんらの永遠の課題になっているはずです。
さて「男爵の愛した翼たち」には、その空白を埋めクエッションマーク付きを正していくべき証明写真がわんさと出ています。換言すれば、固有のJレターをつけた航空機写真が新しい航空史を形づくっているわけです。この本に収録していない写真の中にもあるはずで、それを扱うことのできる藤原さんと藤田さんに嫉妬を覚えます。
感想その3
私の郷土が生んだ天才飛行師山縣豊太郎については、他の飛行家と同じようにアイドルとして絵はがきが発売されたりしており、ヒコーキ雲にもページを設けていますが、この本には「山縣記念号」恵美22型J-TIQTや「鶴羽3号」の初見の写真も多く出ています。とすると胴側に飛翔する鶴を描いた「鶴羽2号」の未発表写真もあるのではないかという期待がわいてきました。
その他、私はあまり詳しくありませんが、後藤勇吉飛行士など勇躍大空に挑戦したたくさんの飛行家と航空機があり、その多くが愛機の前で悠然と誇りをもって写真機に向っている姿がなんとも印象に残ります。彼らの多くは、開拓精神を抱いたまま早逝しているからです。
多額の懸賞金をもって大会を開き、航空思想の普及を図った上流階級の人々の思惑が当たった陰で、今日の航空発展につながる犠牲者の数々に手を合わせなければなりません。戦後まで生き残られた男爵さん、そう思いませんか。
感想その4
全6章にわたる中で、新聞社機とエアライン機が終りの2章にまとめてあります。航空史の中で欠かせないというよりも、むしろ多大のウエイトをしめるのがこのジャンルです。本書ではあっと驚くものもあれば、見慣れた航空機もありますが、個人的は、他の分野に対してページ数が少なすぎます。既に発表しつくされていると言われればやむを得ませんが。
感想その5 結語
航空遺産継承基金の長島宏行さんがあとがきに「航空機辞典のような画一的な選択」はしないこと、「背景や一緒に写る人物など当時の雰囲気をよく伝えるもの」を多く載せたと書いています。それをノスタルジアと言っては、違うよと抗議されますかね。
人物や背景も歴史を特定する有力な手段と考える私は、ノスタルジア(懐かしい)を念頭に置いた編集はあまり好みません。
最初に抵抗感と疲れという、言わずもがなの難点を指摘したのは、どうも藤原さんと藤田さんがノスタルジアと「航空機辞典のような画一的な選択」の中で迷っているような気がしたからです。
その意味で、編集の基本に在日アメリカ空軍機写真集(図書室26)と共通するところがありますが、ノスタルジアのなかに航空機を客観的に網羅するという点では、赤塚さんの編集
と松崎さんのキャプションの方がすっきりしていると感じました。
「男爵が愛した翼たち(上)」 という気取った書名の意味を理解するのに手間取るというのが、この本の性格を現しているように思います。