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図書室 辛辣な批評  日本の航空100年 航空・宇宙の歩み  

佐伯邦昭

 日本の航空100年 航空・宇宙の歩み

 編 集 日本の航空100年記念誌編集委員会
      委員長 日本航空協会会長 近藤秋男

 発行者 財団法人日本航空協会 

 発行日 2010年9月20日

 体 裁 A4判 上製本 820ページ

 定 価 15,750円

 

辛辣な批評目次 (宇宙関係は頭から無視して航空関係のみを論じます) 

@  誤解を与える書名だ その1
A  誤解を与える書名だ その2
B  第一部/航空の歩みの通史は評価できる
C  第三部/航空の百物語(史話集)は、参考にはなるが落とし穴もある
D  第二部/柳田邦男氏の「空の安全を希求して」は長すぎる
E  日本の航空100年要約年表の要約とは?
F  結語 蔵書に加えるべき書物だが、まずこの批評を読んでから

 

 

@ 誤解を与える書名だ その1

 

 
航空100年というのなら、軍事航空も含めての100年史だと10人が10人思うでしょう。しかし、軍事面は自衛隊機生産に関わった個人の回想記がちょろっとあるだけです。 この本は、日本の民間航空100年史であり、書名が決定的な誤解を与えます。

 日本の軍事航空史とは、陸・海軍航空と三自衛隊はもとよりアメリカ空・海・陸・海兵隊航空などを含みます。航空管制業務ひとつとっても、未だに広大な横田空域がありますが、単なる返還交渉の苦労話しだけでなく、設定から以後のアメリカ側の戦略戦術の変遷を書き加えてはじめて正しく公平な歴史記述になるでしょう。ひとつの例に過ぎません。

 そこを無視して、民間航空だけに絞るのなら、書名もそれと分るようにすべきです。 


A 誤解を与える書名だ その2        2

 編集後記に「本編は、史話集であり、昭和41年に出版した日本民間航空史話の続編の性格を持つ」とあります。

 書名からそうと分かる人がいるでしょうか?

 45年前に出た日本民間航空史話は名著でした。特に、戦争と敗戦と航空空白によって散逸し、焼失し或いは忘失してしまった歴史を、可能な限りの生き証人を発掘して記憶を呼び戻させ、活字として残した功績は大なるものがあります。もう、その本でしか分らないという史実がたくさん残されました。本来なら、それら史話を基にしての正史を編纂すればよかったのですが、当時の協会としてはこれが精一杯だったのでしょう。

 それから45年を経ますと、史資料の保存手段は格段に整備され、発表手段も学術誌、学会誌、社内報、単行本、雑誌、インターネット等々飛躍的に広がってきました。しかるに依然として問題の残る(下記C)生き証人の手記に頼っての史書づくりとはお粗末です。

 もっとも、史話だけの編纂ではないぞという声も聞こえてきます。
 そうでしょうか、たしかに論文や年表もありますが、ボリュームで見ると、航空関係全678ページのうち史話部分が544ページを占め、一応別項目になっている柳田邦男氏の安全記事32ページも自画自賛回顧録に近いので、結局、史話部分が85%を占めているのです。編集後記も史話のことばかり強調しているではありませんか。
 

B  第一部/航空の歩みの「通史」は一応評価できる     3

第1章 日本の航空100年-民間定期航空の視点から-
 まえがき 日本の民間航空100年の大略
 1 明治・大正期から大東亜戦争終結まで
 2 航空禁止から航空再開へ
 3 ジェット化から大型機大量輸送時代へ
 4 規制緩和そして競争へ
 5 首都圏空港の拡充とオープンスカイ

 40ページにわたるこの論文は評価できます。定期航空の有為転変(日航経営破たんまで述べてある)と戦時体制を含む航空運輸行政の歴史をよく調べてまとめあげました。筆者は、記念出版事務局 酒井正子とあり、彼女一人で書き上げたとすれば、大した力量の持ち主です。

 航空史を分解すると、社会経済史、政治史、国際関係史、軍事史、技術史、事故犯罪史、人間のあくなく向上精神(冒険心)の歴史などになりますが、酒井さんがどれにも偏しない通史としてまとめてくれていれば、100年史にふさわしい骨太の概観日本航空史ができていたと思います。

 今後に期待したいという気持ちを持たせる好論文でした。


C 第三部/航空の百物語(史話集)は、参考にはなるが落とし穴もある    4



 百物語とは広い分野の物語(史話)という意味のようです。
 編集後記に 「航空行政、民間定期航空、ヘリコプター等の活躍、航空機工業、航空スポーツ」 それぞれの分野で実績と高い見識をお持ちの方約170名へ執筆依頼をしたので、人間味あふれる歴史を感じなさいと書いてあります。

 個々人の手記ですから、詳しく振り返ったもの、ざっと概観したもの、自分中心に書いたもの、客観的に事実を並べようとしたものなど、内容に凹凸があるのは当然で、確かに人間味があふれています。そして、その殆んどが、苦労した、つらかった、うれしかったという自己評価を文章化したようなもので、執筆者は、100年誌に名を留める千載一遇の幸運の中で積年のストレスを大いに解消なさったことでありましょう。 

 新真実や未発表写真なども豊富に出てきているように思われます。

 しかし、自分に都合の悪いことを書く人はおりませんよね。笑い話で済むよなう失敗談でお茶を濁す程度のことしか書きません。日航に天下りの指定席があり、それが航空行政と日航をどれくらい歪んだものしてきたかなんぞと書くOBも居ないでしょう。民間空港といえども、その開設・拡張やジェット化に自治体を巻き込む熾烈な闘争があったことを書かせることもしませんよね。終わりよければすべて良しの典型です。

 そこに史話(手記)の限界と落とし穴があるわけです。

 45年前とは違って豊富な検証手段があるのに、寄せられた文章をそのまま載せて、真実かどうかは読者の方で 判断しなさいということですかね。万一間違いがあっても執筆者の責任であって、編集委員会は関わりございません、ですか?


・ 執筆者(分野)の選考基準に欠落はないか   
5

 「それぞれの分野で実績と高い見識をお持ちの方約170名」とありますが、その選から漏れた人は、実績・見識 どれかが欠けているから‥ とまでは言いませんが、「航空行政、民間定期航空、ヘリコプター等の活躍、航空機工業、航空スポーツ」という取り上げ方は、ほぼ日本航空協会の平素の事業と重なります。協会とあまり関係をもたない分野は振り落とされていると感じざるをえません。

例えば
第3章 時代に輝き時代に貢献する航空
 神風号、ニッポン号について書かせながら、戦後の航空をリードした新聞航空は取り上げず、消防・防災航空を書かせながら警察航空をとりあげず、政府専用機について書かせながら、宗谷時代に南極観測に貢献した航空機を取り上げていません。 「時代に貢献する航空」というオーバーな表題が泣きます。

第4章 日本の航空機工業 第1節 米軍機修理からライセンス生産へ
  個人的には、朝鮮戦争を介して日本の航空工業が大きく息を吹き返した「米軍機修理からライセンス生産へ」の項目に非常に期待したのですが、ばらばらな内容の手記が4本と「航空遺産継承のために」という長島さんの現状報告が1本あるだけで、がっかりです。

 航空遺産継承基金の紹介が「米軍機修理からライセンス生産」とどう関わるのかも全く分かりません。編集ミスではないでしょうか。
 航空遺産継承というなら、それ自体一項目を立てて、もっと広い視野で、例えば日本各地にある航空博物館がどのような経緯で建設され、以後、どんな苦労を重ねながら航空遺産の継承を続けているかについて書き残しておくべきです。或いは、手弁当で貴重な航空機の復元や保存を行っているボランティアたちの紹介も必要です。航空遺産継承は協会の一人相撲ではないと思うのです。

第5章 航空スポーツ・スカイレジャーの世界
 ここも、協会の主催もしくは後援事業に関与している人だけに書かせているようです。
  スカイレジャージャパン、鳥人間コンテスト、熱気球、滑空、自作機、スカイダイビング、ハンググライダー、ラジコン、インドアプレーン、紙飛行機など。
 
 おっと、ソリッドモデルやプラモデルが抜けていませんか?
 スケールは小さくても、より実機に近いものを作ろうともくもくと汗を流している人々が、青少年たちの航空思想の底辺を広げたり、今や産業界の一角に地歩を占めている模型産業の素地になっていることをご存知ないのですか?ラジコンや紙飛行機よりも劣るのでしょうか?

 インターネット時代に入って、世界中の誰でもが航空情報を即時に受発信できるようになって、無限の未来が広がっています。
 それは、American Air Historical SocietyやAir-Britainなどが育ててくれたヒコーキマニアたちが、カメラ片手に飛行場のスポッティングをやり、古書店から埋もれていた史実を探し出すなどして、クラブ活動や機関誌で情報交換してきた歴史に立脚しているのではないでしょうか。それらが本書ではカケラも評価されていません。


D 柳田邦男氏の「空の安全を希求して」は長すぎる    6

 

 柳田邦男氏の論文を取り上げてみます。
 安全対策というものは、当然のことながら大事故のたびに進化するものであり、その過程が詳しく述べてあります。
 舌足らずを恐れずに言うなら、航空安全対策の基本は、欧米の学者や政府機関や国際機関によって進化してきたものであり、日本の対策は、運輸安全委員会(事故調査委員会)の設置など欧米の追随でしかないことが、この論文でよく分かりました。

 日本独自の対策らしきものは、柳田氏らが要請してつくらせた日本航空の安全啓発センターくらいのものです。ボーイング社の修理ミスなのに、日航に反省を促そうというこの施設について、彼は日本航空の若手社員らが啓発されたと強調しています。しかし、逆に役員や現場技術者の中に、なぜボーイングに遠慮して自虐展示をしなければならないのか、貴重な人材の首を斬りながら、日航経営の足を引っ張る金食い虫の施設をいつまで続けるのかと思っている人が居ることには触れていません。
 (
人生録 墜落した旅客機残骸の常時展示について)参照

 いずれにしても、32ページ及ぶ大論文は、自分がNHK記者としてボーイング727羽田沖事故に関わってからの足跡紹介が半分を占めています。氏の熱意はひしひしと伝わってきますが、とにかく長すぎます。


 なお、第二部の柳田氏以外の論文は、学者先生などが航空白書など政府資料を参考にして航空運輸政策(国内と外国向け)の歴史を書いたものです。酒井論文と重複するところも多いので、やはり第一部を民間定期航空に限定せず、全般的な通史としてまとめる編集の方が読者には親切だったと思います。


E 日本の航空100年要約年表の要約とは?    7

 わざわざ「要約」と付けたのが面白いですね。自信がないので、いちゃもんを付けられる前に「要約ですから」と逃げ道をつくったと解されます。

 2002年に出された航空宇宙の20世紀年史(CD版)はもとより、1981年に発行された日本航空史年表よりも更に簡略化された今回の年表は、航空100年の節目に全くふさわしくないものです。後世の人がこれを参考にしないように祈るのみです。

 ページ数が取れないから要約にしたと言い訳をしていますが、2002年のCD版以後の年表を加えてDVDにするとかの方法は考えられなかったのでしょうか。
 直ちに、100年間のより権威ある年表づくりをスタートさせるよう希望します。

 巻末に折り込まれているA3判の民間定期航空会社の系譜(概要)1951年〜2010年のチャートは、かのエアシェンペックス―エアトランセ(現在定期から撤退)まで網羅してあって、とても便利な表です。昭和初期から1945年までの系譜も作ってあれば、100年史にふさわしいものになったのにと惜しまれます。


F 結語   8

 「日本の航空100年」はイコール民間航空(つまり軍事防衛等を除く)であるとの思想は、財団法人日本航空協会という貴族的オーソリティによって確立しているものでありましょう。

 私は、何回か日本航空協会を訪れており、航空遺産継承基金の賛助会員にもなっています。従って協会を敬遠することはありませんが、協会に接する時には、航空貴族の団体を相手にしているのだと意識することにしています。ライオンズクラブ級ではなく、ロータリークラブ級なのです。高いところに立っておられるのであります。

 その立場で、敢えて、この高価な書物に辛辣な批評を行いました。
 もとより、悪気はありませんし、批判は別にして全体の価値を否定するものではありません。歴史回顧の資料たり得ることは間違いないからです。ただし、45年前に出た日本民間航空史話の質に遠く及ばない史話集として見た場合に限ってです。

・ 蔵書に加えるべき書物か?

 そして、この高価な書物を求めるべきかどうかと問われれば、財布が許すなら蔵書として書架に加えておきなさいと薦めます。 求めた人は、まずは、私の辛辣な批評をもう一度お読みいただいてから繙(ひもといて)ください 、との断りをつけて。

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