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航空歴史館いしぶみ

旧国立中央航空研究所低温低圧実験室
 
A3633 東京都 Tokyo Metropolitan  三鷹市 国立中央航空研究所 現海上技術安全研究所
 
◎ 海上技術安全研究所構内の記念物 撮影2004/06/29  井上

1 旧国立中央航空研究所低温低圧実験室に使用されていたガラス観測窓

観測窓説明版

(注)説明中の「昨年」とは、現在これを保管している「低温実験棟」の建設が昭和の終わりか平成の始め頃だったはずですので、たぶんその頃を指していると思われます。


2 飛燕が格納されていた建家
 旧国立中央航空研究所55号棟 「或る戦闘機の戦後史 飛燕U型改」関連

   

日替わりメモ489番 2004/06/27から転記

独立行政法人海上技術安全研究所の井上さんから投稿

 はじめまして 常日頃より「ヒコーキ雲」で勉強させて頂いております。
 さて、「或る戦闘機の戦後史 飛燕U型改」の記事中で当海上技術安全研究所について「?」付きで書いておられますので、歴史を申しあげたいと存じます。

 まず、当研究所の沿革を説明します。
 当研究所は大正5年7月に逓信省管船局所属の船用品検査所として発足、その後昭和2年11月に船舶試験所と改称しました。戦後になり、昭和25年4月運輸技術研究所がその機能を引き継ぐ形で発足、昭和37年4月に港湾部門を分離し、昭和38年4月に船舶技術研究所となりました。

 さらに、昭和42年7月には電子航法部門を、昭和45年7月には交通安全及び交通公害の部門をそれぞれ分離し、概ね研究の内容が現在の姿に落ち着きました。そして平成13年4月に独立行政法人となり、現在に至っているところです。

 従って、佐伯さんの記事にある1953(昭和28)年12月と1962(昭和37)年12月時点では運輸省船舶試験所運輸省運輸技術研究所と表記するのが正しいかと存じます。

 実はこの研究所、発足当時は築地にあり、三鷹に移ってきたのは戦後のことになります。この地はもともと昭和14年に国立中央航空研究所が設置された場所で、現在でもその当時の建家を一部使用しています。

 飛燕が格納されていた ・・・55号建家(現存しています)・・・高空飛行研究のための低温施設の建家・・・取り壊し済み(ガラスのみ保存。) 別に低温実験棟という比較的新しい施設が設けられています。



(参考URL)
独立行政法人海上技術安全研究所  http://www.nmri.go.jp/
同概要 沿革           http://www.nmri.go.jp/main/overview/abstract/abstract_j.html
国立中央航空研究所      http://www.nmri.go.jp/main/etc/around/kamakura_j.html