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岩国市


米海兵隊岩国航空基地

飛行場空撮 岩国基地
航空歴史館 いしぶみ 岩国日米協会設立60周年記念碑
航空歴史館 いしぶみ 第1海兵航空団のベトナム記念碑
  航空歴史館 1950年代後半の岩国基地 質問箱から転載 
航空歴史館 岩国 などと大阪国際空港を結んでいたダグラスC-54
航空歴史館 米海軍海兵隊の連絡機ビーチクラフトUC-45J 1965〜1970
航空歴史館 米海軍・海兵隊の汎用機グラマンUS-2A/B 1970〜1977
航空歴史館 2002   Spirit of 9-11 “Let's Roll!” 
航空歴史館 海上自衛隊岩国航空基地 水上機管制塔
航空歴史館 2008年 沖合展開事業の現状
2017〜2018年 CVW-5 艦載機移転
展示機等はA6501
 
A6503 山口県 Yamaguchi Prefecture 岩国市 米海兵隊岩国航空基地  
    
飛行場空撮 岩国航空基地 現滑走路2439m ヘリコプター滑走路439m 

撮影2016/10/09 古谷眞之助

撮影2006/12/20

 

撮影2005/03

岩国航空基地の水上機管制塔 還暦の年輪 

 海上自衛隊岩国航空基地の第71航空隊(US-1A)が使っている第 一格納庫に接して管制塔が建っており、平成9年発行の「海上自衛隊航空管制のおいたち」の写真説明には昭和16年建造と書いてあります。(Shadowさんからの情報による)

 岩国飛行場は昭和13年(1938)から建設がはじまり、昭和15年7月に海軍練習航空隊が開隊しております。この管制塔の建造年が正しければ、もう60年以上も働いてきたコントロールタワーということになります。

 現在も海上自衛隊が水上飛行場(シーレーン)で離着水する飛行艇の管制に使っておりますが、岩国基地沖合展開事業により取り壊される運命にあります。そういう意味で航空モニュメントとして取り上げてみました。

2003年の状況 撮影2003/09/20 出展:佐伯邦昭

2008年の状況 沖合移転により解体済み 撮影2008/09/13  佐伯邦昭

 この管制塔がはじめからこの場所にあったのかどうか。資料では、陸練、艦爆、艦戦(零戦)のほかに呉の水偵隊も岩国に駐留しているので、当時から水上機専用とも考えられますが、日本海軍がどのように使っていたのかはわかりません。

  下の写真は、第31航空群創立30年記念写真展にあったもので、 一格は昭和44年(1969)に完成となっております。しかし、建物は終戦前からのもので あり、「完成」というのはPS-1飛行艇制式配備に伴う改修工事の完成という意味だと思われます。

飛行艇の歴史 マーチンSP-5B飛行艇が居た時代  

撮影1962 佐伯邦昭 

岩国航空基地沖合展開事業の状況 2008

撮影2008/09/13 海上自衛隊岩国航空基地祭の埋立地見学バスツアー車中から  佐伯邦昭

 第1格納庫前から1台ごとに整列してバスまで行進し、乗り込んで荒涼たる埋立地の中、飛行艇運搬用のためか立派な舗装道路を時速20キロで40分かけて往復します。もちろん途中下車はありません。まずい写真で申し訳ありませんが一端を紹介します。

荒涼たる埋立地に向かって出発              クレーンも今日はお休み


南側の方の滑走路は路盤工事が始まっている

その延長上には誘導灯も完成


北方向の滑走路予定地は、まだ地盤改良の杭打ち工事中


飛行艇用スベリにはゲートが設けられている

スベリには飛行艇の車輪跡が付いている

スベリを出て埋立地先端の建物地区を見る 中央がシーレーン管制塔

シーレーン管制塔 

岩国航空基地史料館

現在地 平屋になっている 狭くないのか?

看板は同じ
移転前
 バスからちらっと見ただけですが、移転前よりも面積が小さくなっているように感じました。旧海軍以来の各部隊資料や新明和飛行艇開発の風洞模型など海上自衛隊の貴重な資産が、こんなへんぴな所で、もし窮屈な部屋に押し込められているとすれば、防衛省の事務方は米軍とどんな卑屈な交渉をしているのかと思わざるを得ません。それを甘受している海上自衛隊も情けない話しです。

磁気掃海具の格納庫(海側)                支援船資材のコンテナー

支援船YR01                    支援船YR02


消防隊                         日米隊員の親善バーベキュ―場だと
  

   米兵専用マリーンスポーツ施設

 

常設展示




 振り返れば、左から4格、1格、2格、3格

 これらの格納庫がどうなるのか、二等海佐クラスでもわかりませんと言っていました。哀れな日本自衛隊です。せめてUS-1A改とUS-2の格納庫をスベリの近くに建てるように決めるべきではないでしょうか。全体像が分からないで士気を高めろとい言っても無理ですよ。
 (旧格納庫の解体資材で鹿屋に二式大艇の上屋を早く作ってやってほしい)