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質問箱034 質問16/12/30
解決17/01/04

 

ここは何処でしょうか

1950年代の岩国基地でした 

  

質問

  T-33Aが飛んでいます。尾翼にマークが無いので1950年代の航空自衛隊機です。練習部隊は、浜松、小月、防府北、矢の目が該当します。 写真には、滑走路と誘導路らしきものが見えますが、全体地形は上記基地のどれにも該当しません。 さて、どこを飛んでいるのでしょうか。
  ビーチクラフトT-34Aメンター研究41-0359参照

  

以下、お答えを到着順 に掲載します。

回答1 れあるさんから

「岩国上空」のようです。飛行機の下を左右に流れる川は今津川、その奥に見える河口は小瀬川、写真左下隅から右斜め上に走っている白い線は国道188号線のようです

 

回答2 TRONさんから

 T-34Aの写真の背景の飛行場は岩国です。海岸寄りであること、米軍の新滑走路とそれに交差する旧海軍時代の滑走路跡が決め手です。
 参考までに1962年の岩国飛行場の国土地理院所蔵の空中写真を送りますが、写真右端の弾薬庫地区の造成がまだ明瞭ではないので、このT-34Aの写真は1950年代後半のものでしょうか?

 

 

回答3 大石治生さんから

 T-34Aが飛んでいる所は山口県の岩国基地です。現在は埋め立てられて滑走路の位置が変わっております。
参考までに1971年発行の航空路図誌(低高度用)の「岩国基地」を添付画像で送ります。

佐伯から 

 皆さん、ご回答をありがとうございました。岩国基地に相違ありませんね。米軍のパイロット控え室に張ってあったという図面に海軍時代に設けられた滑走路と兵舎群(かまぼこ兵舎か?)を示しておきます。

航空情報1958年4月号「岩国基地を訪ねて」のグラフページから

 航空自衛隊のT-33A 51-0395は、下郷資料によると1955年引渡から1971年喪失までの間ずっと防府北基地の第12飛行教育団に在籍していますので、訓練飛行等で岩国基地にアプローチしていたことは十分に考えられます。岩国には1957年に海上自衛隊教育分遣隊が置かれ、JRB-4(SNB)がおりました。

 また、この写真では尾翼にマークがありませんので、第12飛行教育団が元就の三矢の教えマークを制定した1964年以前であることも確かです。

 これらのことから、1955〜1964年の間で、前記航空情報の記者が訪ねた1958年頃の撮影と考えるのが妥当のようです。