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航空歴史館 航空大学校 1955年9月空の日から

航空大学校 1960〜1970年 代の航空大学校在籍機

都道府県展示機総覧  現在の航空大学校の教材

 

A8601-1 宮崎県宮崎市 航空大学校
          Civil Aviation College, Miyazaki City,  Miyazaki Prefecture  
      
        

        格納庫 撮影2010/09/05 MAVERIC
        


        校内開放日に展示された教材機 撮影2005/11 古谷眞之助
        

         

 ◎ ビーチクラフトH18 JA5174

JA5174の経歴

1969/10/27 ロールアウト c/n BA-765
1970/02/02 JA5174登録 航空大学校仙台分校
1988/03/24 宮崎空港で退役記念最終飛行
1988/12/22 抹消登録 宮崎市 航空大学校に保存

 現役時

撮影1983/08/09 名古屋空港 伊藤 哲 提供JAHS


2011年

撮影2010/09/05 MAVERIC
  


2005年

 機体の内部はシートにもカバーがかけられ、コクピット内の計器もきれいです。保存状態は極めて良いと言えると思います。

撮影2005/11 古谷眞之助
 
 
 


2002年

撮影2002/09/08  まるヨ


◎ ヒューズ TH-55J 61320 (JA7753と記入)

TH-55J 61320の経歴

1974/01/24 c/n 730223 陸上自衛隊へ引渡
1990/07/19 航空学校で用途廃止
2001/07/27 抹消登録 宮崎市航空大学校教材 JA7753と記入し航大カラーに塗装

 

参考 ヒューズ269C JA7753の経歴

  c/n S1358 N69A
1989/02/02 JA7753登録 航空大学校 定置場宮崎空港
僚機のJA7754  撮影1989/12/21 T67M
2001/04/19 独立行政法人航空大学校
2001/07/27 抹消登録
2006/09 オーストラリアへ売却 VH-APF

 

現役時代

陸上自衛隊航空学校霞ヶ浦校 撮影1980/11/02 KUPANBA

2015年

撮影2015/10/25 KUPANBA


陸上自衛隊 TH-55J ラジオコールナンバー 61320 撮影2015/10/25 KUPANBA


IRAN記録 撮影2015/10/25 KUPANBA


2010年

撮影2010/09/05 MAVERIC


日替わりメモ2015/11/05

展示機が赤白に塗られ、航空大学校の文字が書かれ、JA7753と表示してあり、説明板が上の通りで、わざわざ愛称まで269Cとしてあれば、誰だって民間型ヒューズ269Cと信じますわなあ。これが宮崎の空を飛んでいたのかと。 ところが、KUPANBAさんがコックピットを覗いてみるとJ-1320のラジオコールナンバーがあり、外の整備銘板は日飛での陸自IRANの記録です。即ち、このヘリコプターは陸上自衛隊のTH-55J 61320を塗り替えたものと判明しました。 塗り替えた理由は、以前、実際にヒューズ269C JA7753を使っていたという由緒によるものでしょう。その機体をオーストラリアに売り飛ばしてしまったため、陸自のお古を貰って塗り替え、偽の説明板を作ったという訳?
 見事なだましのテクニックです。
 まあ、目くじら立てて非難するほどのことではありませんが、教育者なら、説明板にそのことを付記するくらいの科学的良心があってもよさそうなものよとは思いますなあ。

 

 
〇 富士FA200-180 JA3623

JA3623の経歴

1971/09/26 c/n FA-200-170 JA3623登録 航空大学校 定置場宮崎空港
1972/07/26 定置場帯広空港
1994/08/16 抹消登録 宮崎市 航空大学校に保存

撮影2010/09/05 MAVERIC

◎ 富士FA200-180 JA3621

JA3623の経歴

1971/09/27 c/n FA-200-168 JA3621登録 航空大学校 定置場宮崎空港
1972/07/26 定置場帯広空港
1975/03/06 帯広市で飛行中プロペラハブが飛散する事故
1977/05/30 抹消登録 宮崎市 航空大学校教材

撮影2010/09/05 MAVERIC
 
 ラジオコールナンバー 撮影2015/10/25 KUPANBA

◎ ビーチクラフトE33 JA3443
1969/07/21 c/nCD-1217 JA3443登録 航空大学校 定置場宮崎空港
1993/01/22 抹消登録 宮崎市 航空大学校に保存

スケルトン展示  撮影2010/09/05 MAVERIC

◎ ライカミング O-320-A2A (上のFA200 JA3621に搭載されていたもの)

撮影2010/09/05 MAVERIC

 

◎ ロールスロイス ダート510

撮影2010/09/05 MAVERIC

◎ ウエスティングハウス J34-WE-36

撮影2010/09/05 MAVERIC

◎ カーチスライト R3350-32W

撮影2010/09/05 MAVERIC

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1955
 
 
航空歴史館 航空大学校 昔の在籍機
 

1 1955年9月空の日航空大学校エプロン

A8601-1 宮崎県宮崎市 航空大学校 
          Civil Aviation College, Miyazaki City,  Miyazaki Prefecture  
      


撮影1955/09 空の日 航空大学校エプロン 提供T67M


立飛R53 JA3070 操縦席下の胴体に航空大学校と記入  A3632-4参照

川崎KAT-1 JA3084   ビーチクラフトD18S JA5010

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1962

2 1960〜70年代の航空大学校在籍機

A8601-1 宮崎県宮崎市 航空大学校 1962年当時の在籍機
          Civil Aviation College, Miyazaki City,  Miyazaki Prefecture  
      


 高校3年生の夏に水泳の試合後、航空大学に行き見学しました。この時は案内者もなく、エプロン、格納庫、整備中の機体など自由に歩き回りKM-1の操縦席に座ったりしました。
                                                   ハービー


     

パイパー PA-18-150 スーパーカブ JA3101 JA3102 JA3103 JA3117 JA3127

JA3101

1955/10/21 ロールアウト c/n 18-4511
1955/11/15 JA3101登録 航空大学校 愛称あかえ 定置場宮崎空港
1967/04/13 水落ヤスエ 定置場鹿児島空港 
  菊地光基 定置場板倉滑空場→関宿滑空場→小山絹滑空場
2017年現在 抹消未登録 

撮影1962 ハービー


JA3102

1955/09/12 ロールアウト c/n 184512
1955/11/15 JA3102登録 航空大学校 愛称あかえ 定置場宮崎空港
1967/03/30 日本学生航空連盟 定置場東京国際空港→大西飛行場
1975/10/07 抹消登録

撮影1962 ハービー

川崎KAT-1 JA3084
1954/02/09 c/n2001 川崎航空機
1954/02/04 JA3084登録 運輸省航空大学校 愛称おおよど 定置場宮崎空港
1962/10/26 抹消登録
  航空大学校に屋外保管
  東海大学航空宇宙博物館に展示  
  滝川市子ども文化科学館に展示
2003/04 Aかかみがはら航空宇宙科学博物館で修復 し展示

撮影1962 ハービー

富士KM JA3122

JA3122の経歴

1959 ロールアウト c/n KM-2 KM-2型量産1号機 2号機以降は海自へ引渡
1959/03/03 JA3122登録 航空大学校 定置場宮崎空港
1963/09/04 宮崎空港で離陸直後墜落大破
1963/10/15 抹消登録

撮影1962 ハービー


エンジンはライカミングGSO-480 340馬力


ビーチクラフト(富士) B-45 メンター 

JA3180 JA3181 JA206 JA3218 JA3220 JA3221 JA3222


JA3180

1957/05/21 ロールアウト c/nFM-61
1957/05/21 航空自衛隊 71-0421
1962/09/27 運輸省に移管 JA3180登録 航空大学校 定置場宮崎空港 
1970/11/30 抹消登録 航空自衛隊へ返還 
  宮崎県工業専門学校教材  現状不明

撮影1963頃 大阪国際空港 中井潤一


撮影1970年頃 永野修一


JA3181

JA3181の経歴

1957/06/19 ロールアウト c/nFM-67
  航空自衛隊 71-0427
1962/09/27 運輸省に移管 JA3181登録 航空大学校 定置場宮崎空港 
1970/11/30 抹消登録 航空自衛隊へ返還 
  宮崎県工業専門学校教材  現状不明

航空自衛隊から移管前の7月撮影ですが、既にJAナンバーで飛んでいた模様 撮影1962 ハービー


JA3206

1955/11/14 c/n FM-26 航空自衛隊へ引渡 T-34A 51-0367
1963/12/24 航空大学校へ移管 B45 JA3206
1970/08/28 航空自衛隊へ返還
  用途廃止


撮影1969 宮崎空港 T67M


JA3218

1954/12/27 c/n 140 T-34A 航空自衛隊へ引渡 41-0324
1964/08/10 B45 JA3218登録 航空大学校へ移管 定置場宮崎空港
1978/08/28 JA抹消登録 航空自衛隊へ移管 T-34A 41-0324
  用途廃止


撮影 濱野博司


撮影1968/12 宮崎空港 T67M



航空自衛隊へ返還  撮影1970/08 宮崎空港 T67M


JA3220

1954/04 c/nCG-40J メンター 海上警備隊へ供与 鹿空-106
1954/07/01 海上自衛隊発足 ナンバーを7106に変更
1955/06/23 航空自衛隊へ移管 T-34A 41-0294
1964/07/30 運輸省へ移管 航空大学校
1964/08/15 B45としてJA3220登録 航空大学校 定置場 宮崎空港
1970/08 JA抹消登録
1970/08/28 航空自衛隊  
  第11飛行教育団で用途廃止された模様
  胴体と主翼を栃木県那須町 戦争博物館に保管展示

撮影1969/03 航空大学校 T97M


撮影 宮崎空港 T97M


JA3221

1957/05/21 c/nFM-74 T-34A 航空自衛隊へ引渡 71-0431
1964/07/30 航空大学校へ移管 B45 JA3221
1970/12/08 航空自衛隊へ返還 T-34A 71-0431

撮影1968/12 宮崎空港 T67M 


撮影1970年頃 永野修一



JA3222

1957/05/21 c/nFM-74 T-34A 航空自衛隊へ引渡 71-0434
1964/07/30 航空大学校へ移管 B45 JA3222
1970/12/08 航空自衛隊へ返還 T-34A 71-0434
  用途廃止 航空大学校で保管
1975/03 宮崎実業高校へ譲渡

撮影1967 宮崎空港 T67M


撮影1970年頃 永野修一


宮崎実業高校へ移送 撮影1975/03 航空大学校 T67M

ビーチクラフトD18S JA5010 JA5020 JA5060     E18S JA5060 

JA5010の経歴

1955/01/20 c/nA-966 N21110D 
1953/08/05 JA5010登録 産経新聞社 定置場東京国際空港
1955/06/10 航空大学校 定置場宮崎空港
1968/12/10 ボルパーキットにより前輪式に改造 
1972/05/30 定置場仙台空港
1974/06/18 抹消登録
  瀬峰場外離着陸場 北日本航空大学校校教材

撮影1962 ハービー

JA5020の経歴

1955//10/04 c/nA-1020
1955/10/17 JA5020登録 航空大学校 定置場宮崎空港
1955/06/10 航空大学校 定置場宮崎空港
1968/12/10 ボルパーキットにより前輪式に改造 
1972/05/30 定置場仙台空港
1974/06/18 抹消登録

撮影1962 ハービー

JA5060の経歴

1960/03/30 c/nBA497 JA5060登録 運輸省(航空大学校) 定置場宮崎空港
1964 前輪式に改造
1972/05/30 運輸省(航空大学校) 定置場仙台空港
1972/11/13 航空大学校 定置場仙台空港
1974/06/18 抹消登録
  新潟空港に展示
2003/05現在 撤去

撮影1963頃 大阪国際空港 中井潤一

ビーチクラフトE33 JA3439
  c/nCD-1195 N7616N
1969/01/24 JA3439登録 伊藤忠商事 定置場調布飛行場
1969/02/26 運輸省 航空大学校 定置場宮崎空港
1992/12/21 抹消登録
1992/12/21 神野学園 中日本航空専門学校教材

撮影1970年頃 永野修一


 

スーパーカブの写真に写っている掩体壕

撮影1962 ハービー


これと同じものでしょうか A8601-3から

宮崎飛行場付近の掩体壕 撮影2006/11/07 TR

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