背面飛行について
レシプロ機・ジェット機を問わず背面飛行の可能な航空機のほとんどが一定時間(秒数)以上の背面飛行を禁止しています。たとえ戦闘機でも通常プラスG状態で飛行するので、オイルの配管も、燃料系統の配管もそのように作られています。
「マイナスGは一瞬の特殊な飛行状態」という考えで設計するのが普通です。そのため長時間(秒数単位)の背面飛行をすると
● オイルの循環が途切れてエンジンが焼き付く。
● 燃料供給が途絶えてエンジンが止まる。(ジェットエンジンの場合はフレームアウト)
が発生することになります。
T-34のフライトマニュアルにも、運用制限の項目で”Inverted
flight shall not exceed 15 seconds.”と明記されています。
そもそも背面飛行時にはパイロット・乗員は逆吊り状態ですから、頭に血が上って健康上無害ではありません。
床や床の下の空間に平素から落ち込んでいたゴミや埃やネジや筆記用具等が舞い上がって頭上のキャノピーに溜まるので、酸素マスクをきっちりとはめて鼻と口を保護し、バイザーを下げて目を守るようにするなど、それなりの覚悟が必要なようです。シートベルトもストラップもしっかりと締め付けておかないと、体重を両肩のストラップに支えることになり、かなりキツイとか。
パイロットは両足がフットバーから浮き上がるので、腰を操縦席の背部に押し付けるように両足を突っ張ってフットバーを踏み外さないように頑張るそうです。
横転をくりかえすような運動で空中戦を行う戦闘機も、水平飛行の連続ロールは避け、必ずバーレルロールでプラスGを保持したまま戦闘します。
どうしても背面飛行や8ポイントロールをやって見せたいデモフライトチームの所属機は、燃料やオイルの配管を細工して長時間(それも何分というものではない)マイナスGで飛行できるよう、特別に改造してあります。
背面飛行とは一般に「地球表面に背中を向けて水平飛行すること」でしょうが、要するにマイナス1Gで飛行することと言い換えられます。「マイナス1Gの飛行」は、普通に水平飛行中に操縦桿を押せば実現します。
敵戦闘機に背後に付かれた場合、不意に操縦桿を押して、機首を急激に下げ、追尾する戦闘機の計器板の下に隠れる戦法があります。敵戦闘機の視界から消えた直後に左右どちらかにロールを打って操縦桿を引き、プラスGで急旋回して逃げるのです。
敵戦闘機のパイロットは消えた目標を再捕捉するために左右どちらかにロールを打ちながらキョロキョロ探すハメになります。レーダで追尾中も、索敵モードから目標にロックオンし、照準モードに切り替え、アンテナスキャンを絞った段階で下に逃げられるとロックオンが外れる可能性が高くなります。
その戦法は湾岸戦争当時、米空軍のF-117Aステルス戦闘機や、米海軍のEA-6Bプラウラーが実施していたと伝えられます。
F-117Aの場合は主翼上面に開いたディフューザの赤外線源を主翼後縁で隠すためにも操縦桿を押してマイナスGで逃げるのは定石。そのためにマイナスG状態でもエンジンへの燃料供給が途絶えないように配管を変更しました。このことについては「世界の傑作機」F-117Aに書いておきましたので、ご参照ください。
EA-6Bは4名の乗員を乗せたまま、いきなり操縦桿を押すので3名のEWOは全員バンザイ状態になり、4名全員揃ってレッドアウト(血が頭に上った結果として眼球の白目部分に出血して赤い目になる)するのだ、と乗員に直接聞いたことがあります。
そこまでいかなくても戦闘機は敵機を発見したり、敵機に背後に付かれた場合は、最大限に増速するため「アンローディング」という手法を用います。フルスロットルとし、操縦桿を押してゼロG(つまり弾道飛行で放物線を描いて落ちる飛行経路をとる)に近くし、主翼の発生する揚力をゼロに近づけ、空力抵抗を減少させて加速するのです。この場合でもわずかながらでもプラスGの範囲で実施するのが現実的です。
佐伯から : 詳しい解説をありがとうございました。
そうすると、41-0310機にわざわざ「背面飛行禁止」と表示されたのはどういう訳でしょうか。この機体に限って、数秒間といえども背面飛行を禁止することを知らせるためとしても、主翼付け根の後ろから搭乗するパイロットが気付かないような位置であり、あまり意味がないように思いますが。