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航空歴史館

 

@ 日本航空のビーチクラフト18

 
  登録 型式

在 籍 期 間 (西暦)

52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78  
1 JA5101 AT-11  日航 ちどり N9986F
2 JA5102 D18S  日航 かもめ 航空大学校 くま 北日本航空大学教材
3 JA5103 D18S  日航 つばめ 伊藤忠 全日空 ?  
4 JA5136 H18                                  N35AP
5 JA5137 H18                                  
6 JA5138 H18                                 N34AP
7 JA5139 H18                                  PK-BIF
8 JA5140 H18                                 N33AP
9 JA5141 H18                                  F-OCUD
10 JA5142 H18                                  N18843
11 JA5143 H18                                   N29990
12 JA5144 H18                                    N26035
13 JA5145 H18                                 日航  N28358
14 JA5147 H18                                   日航 東亜国内航空 N99799
15 JA5148 H18                                   日航 東亜国内航空  N99800
16 JA5149 H18                                   日航 東亜国内航空 N99801
17 JT001 C18S   日航整備訓練所  河口湖自動車博物館
18 JT002 UC-45F   日航整備訓練所  大阪千里中央で解体販売
      52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78  

 

日本航空のビーチクラフト18総記

1952

国内の経験者を対象に操縦士の募集を開始 第1期生採用

1952/04/03

富永運航課長と糸永運航課員が渡米
オクラハマのスパータン民間飛行学校に入校、事業用操縦士免許を取得
CAB訓練所で定期航空操縦士の試験を受ける資格を取得

1952/05 操縦士第2期生採用
1952/05/15

旧茂原海軍飛行場で操縦士の訓練を開始 
使用機はセスナ170 2機と読売新聞社のセスナ195
航空情報1,952年7月号国内ニュース

1952/11 第1期の操縦士13人をオークランドのトランスオーシャン航空乗員養成所に派遣

航空情報1,952年12月号国内ニュース

1952

トランスオーシャン航空からビーチクラフトAT-11、D18S 2機を購入 し、指導教官としてトランスオーシャン航空のパイロット3名を雇用
静岡県焼津飛行場(旧藤枝海軍飛行場)で訓練

1953/08/04 日本人副操縦士第1号誕生 木村正雄
1953/11 購入したデハビランド ヘロンを練習機として使用

1954

航空大学校(宮崎)の設立に伴って教育及びビーチクラフト18を運輸省に売却

1954/11/02 日本人操縦士第1号誕生 江島三郎 ダグラスDC-4 穂高を操縦
1959/02 東京国際空港内に乗員訓練所を開設                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
1962/07/11 日本航空が特注したビーチクラフトH18  FAAの型式証明を受ける
1967/05/04 ビーチクラフトH18  1号機 JA5136を登録
1967/05/15

仙台空港に日航乗員基礎訓練所を開設
 入所資格は航空大学校卒業者、自衛隊への1年間委託訓練者、自衛隊民間割愛の3グループ (いずれも110時間以上の飛行経験を有すること)

  訓練機は、JA5101、5102、5103、5136の4機でスタート   

 午前の班は、陸自岩沼航空学校が使用するため、山形空港へ移動して訓練を行い、午後の班は仙台で行う。 

   1968年当時の仮校舎(左)と宿舎(右) 航空情報1968年3月号
   

    詳細は航空情報1968年3月号矢ケ崎裕司記者のレポート参照

1967/12/14

6ヵ年乗員計画を策定 
 新たに技術系文系を問わず大学卒業の乗員適正を備えた人材を採用し自社養成する
 将来の航空機関士廃止に備えて適正者に操縦士訓練を行う

1968/02 乗員訓練10か年計画策定 
1968/11/21 モーゼスレーク ジェット機訓練センターを開設
1968/10/01 東京国際空港に整備訓練所開設 訓練機材JT001 JT002 
1969/07/25

日本航空特注のH18 最終13号機の引き渡し完了
これをもってビーチクラフト モデル18の生産がすべて終了した


 

 

経歴及び写真 JA登録順

JA5101 ビーチクラフトAT-11   01
1942/12/24 c/n3441 米陸軍AT-11 43-37061
1946/05/22 NC63161 Longbeech Aeromotive. Ink
1947/08/15 Transocean Air Lines
1952/11/05 横浜港に到着
1952/12/04 JA5101登録 日本航空 愛称ちどり 定置場東京国際空港
1956/01/25 抹消登録
1956/09/02 N9986F タイ Civil Aeronautics Board
1960/03 XW-THS Laos Air Transport
1974 Indhanu Airlines

日本で唯一のAT-11 KANSAN

 AT-11は、米陸軍の航法練習機AT-7の後継で、1500機あまり生産され、航法や爆撃訓練機として使用されました。 KANSANはカンザス州の人を意味します。日航で は、トランスワールド航空がDC-4型の訓練機として使っていたことから、同じ装備のD18Sとともに導入 したもので、AT-11としては、日本ではこの1機のみで終わりました。

東京国際空港 撮影1953 Mr Robert Parmeter (下郷松郎さんの戦後日本における航空機の記録より)


日本航空機全集1954年版 (表題はAT-11改となっている)

  

 

JA5102 ビーチクラフトD18S ボルパーマークW   02
1952/10 c/nA-848
1952/12/03 Jams B Anderson
1952/12/24 JA5102登録 愛称かもめ 日本航空  定置場東京国際空港
1954/09/09 運輸省(航空大学校) 定置場宮崎空港
1967 前輪式に改造 ビーチクラフトD18S ボルパーマークW
1972/05/30 定置場仙台空港
1972/11/13 航空大学校 定置場仙台空港
1974/06/18 抹消登録 北日本航空大学校教材
  廃棄処分

東京国際空港  航空情報1953年3月号グラビア「われらの翼」より
  

 

JA5103 ビーチクラフトD18S ボルパーマークW  p
1952/11/08 c/nA-934 N2147D
1952 トランスワールド航空?から購入
1952/12/24 JA5103登録 日本航空 愛称つばめ 定置場東京国際空港
1964/05/25 伊藤忠航空整備   (ビーチクラフト65の下取り)
前輪式に改造 ビーチクラフトD18S ボルパーマークW
1967/04/30 日本航空へチャーター
1968/03/30 上記チャーター終了
  八尾空港で全日空の訓練機となる  (ヒコーキ雲の佐伯メモ 詳細不明)
1970/06/25 新日本航空整備 定置場調布飛行場
1972/02/22 清水千波 定置場鹿児島空港
1973/04/19 沖縄航空 定置場石垣空港
  登録未抹消
2014/11

ヤフーオークションに出品されたが入札ゼロに終わる
出品者の予告では、今後、解体部品にして販売するとのこと

撮影 焼津飛行場と思われるが詳細不明


航空情報1954年1月号グラビア「再び大空へ!」


東京国際空港 撮影1957/03 戸田保紀


大阪国際空港 撮影1958 高田和彦


東京国際空港 撮影1958/08 ET


調布飛行場 伊藤忠航空整備エプロン 撮影1963/11/23 村越賢司

 


ボルパーマークW 伊藤忠で改造後日航へチャーター
 航空情報1968年3月号 「誌上訪問 日航基礎訓練所」より


東京国際空港 撮影1967/03/15 geta-o


名古屋空港 撮影 高田和彦

仙台空港 撮影1968/08/25 戸田保紀 


イラスト 1968年作図 
gulf4


2014/11 ヤフーオークションに出品

大阪市東成区 撮影2014/11/08 

    

 

JA5136 ビーチクラフトH18   36
1967/04/04 c/nBA744 N7651Y登録 日本航空特注 
1967/05/19 伊藤忠航空の中村、宮間氏による太平洋フェリー 東京国際空港到着 
1967/05/04 JA5136登録 日本航空 定置場東京国際空港
  調布飛行場で南西航空の塗装
1967/06/22 鹿児島経由で那覇空港にフェリー  6月〜10月南西航空機として運行
1967/09/29 定置場仙台空港 
1967/10/18 日本航空に返還 仙台で操縦士訓練 
1974/04/17 抹消登録  アメリカへ売却 N35AP
1974 N35AP カルフォルニア Harmor Inc.. → ホノルル Alii Hawaii Air
1993/05 RP-C1159 マニラ Pacific Airways Corp
2006 用途廃止

南西航空のイラスト 1968年作図 小山信夫


航空情報1968年3月号表紙



機首にナンバー書入れ 仙台空港 撮影1968/03/25

 

 

JA5137 ビーチクラフトH18    37
1967/05/04 c/nBA745 日本航空特注 
1967/05/15 JA5137登録 日本航空 定置場東京国際空港
1967/06/20 伊藤忠航空の湯山、阿部氏による太平洋フェリー 東京国際空港到着 
1967/09/29 定置場仙台空港 
1967/10/05 山形県村山市に墜落 4名死亡

東京国際空港 撮影1967/08/13 geta-o

航空情報1967年11月号事故ニュース


ヒコーキの会 ヒコーキ雲54 小山信夫筆

山形県村山市大高根大谷津の墜落現場  撮影戸田保紀


TOP

 

JA5138 ビーチクラフトH18  38
1967/05/04 c/nBA746 日本航空特注 
1967/05/25 JA5138登録
1967/06/20 JA5137とペアで太平洋フェリー 東京国際空港到着 
1967/09/29 定置場仙台空港 
1974/04/09 抹消登録 アメリカへ売却 
  N34AP  カルフォルニア Harmor Inc. → ホノルル Alii Hawaii Air
1989/06/11 ハワイ ワイピオ渓谷にクラッシュ

山形空港 撮影1967/10/05 戸田保紀


航空情報1968年3月号 「誌上訪問 日航基礎訓練所」より


仙台空港 撮影1967/10/29 gulf4 

宮崎空港 撮影1969/06/02 T67M 

 

 

JA5139 ビーチクラフトH18  39
1967/05/15 c/nBA747 日本航空特注 
1967/06/09 JA5139登録 日本航空 定置場東京国際空港
1967/06/21 東京国際空港到着 
1967/09/298 定置場仙台空港 
1971/08/08 抹消登録 インドネシアへ売却 PK-BIF

山形空港 撮影1969/06/05 戸田保紀

航空情報1968年3月号 「誌上訪問 日航基礎訓練所」より




宮崎空港 撮影1969/06/02 T67M


撮影詳細不明 心当たりのある方連絡してください

 

JA5140 ビーチクラフトH18  40
1967/06/05 c/nBA748 日本航空特注 
1967/07/07 JA5140登録 日本航空 定置場東京国際空港
1967/09/29 定置場仙台空港 
1974/02/18 抹消登録 アメリカ Bank International Linkへ売却 N33AP

山形空港 撮影1969/06/05 戸田保紀


航空情報1968年3月号 「誌上訪問 日航基礎訓練所」より

 

JA5141 ビーチクラフトH18  41

1967/06/14 c/nBA749 日本航空特注 
1967/07/10 JA5141登録 日本航空 定置場東京国際空港
1967/09/29 定置場仙台空港 
1974/02/05 抹消登録 フランス Tahiti Air Tour Serviceへ売却 F-OCUU

山形空港 撮影1967/10/05 戸田保紀


撮影詳細不明 心当たりのある方連絡してください


大阪国際空港 撮影 高田和彦


仙台空港 撮影1967/10/29 gulf4  


蔵王付近 撮影1970/02/13 T67M




名古屋空港 撮影1971/02 高田和彦

 

 

JA5142 ビーチクラフトH18  42
1967/07/25 c/nBA750 日本航空特注 
1967/05/15 JA5142登録 日本航空 定置場東京国際空港
1967/09/29 定置場仙台空港 
1974/06/12 抹消登録 アメリカへ売却 N18843

航空情報1968年3月号 「誌上訪問 日航基礎訓練所」より


調布空港 伊藤忠航空整備  撮影1969/09/10 撮影に心当たりのある方連絡してください

 

 

JA5143 ビーチクラフトH18   43
1968/02/15 c/nBA753 日本航空特注 
1968/03/22 JA5143登録 日本航空 定置場仙台空港
1976/04/14 抹消登録 アメリカへ売却 N29990  N2990F

仙台空港 撮影1970/01 T67M

 

JA5144 ビーチクラフトH18  44
1968/03/05 c/nBA754 日本航空特注 
1968/04/11 JA5144登録 日本航空 定置場東京国際空港
1976/08/23 抹消登録 アメリカへ売却 N26035

山形空港祭り 撮影1969/06/08 戸田保紀


JA5144のラスト  仙台空港 撮影1976/08 T67M

N26035  仙台空港 撮影1976/08 T67M

 

 

JA5145 ビーチクラフトH18  145
1968/04/16 c/nBA755 日本航空特注 
1968/05/23 JA5145登録 日本航空 定置場東京国際空港
1973/10/25 抹消登録 アメリカへ売却 N28358

調布飛行場 撮影1972 geta-o      

 

 

JA5147 ビーチクラフトH18   147
  c/nBA758 日本航空特注 
1969/06/17 JA5147登録 日本航空 定置場仙台空港
1973/07/27 新日本航空整備 定置場仙台空港
  東亜国内航空へチャーターか?
1976/02/26 抹消登録 アメリカへ売却 N99799 

東亜国内航空 調布飛行場 撮影1974/03/16 geta-o   

TOP

 

JA5148 ビーチクラフトH18  48
  c/nBA759 日本航空特注 
1969/06/17 JA5148登録 日本航空 定置場仙台空港
1973/07/27 新日本航空整備 定置場仙台空港
  東亜国内航空へチャーターか?
1976/02/26 抹消登録 アメリカへ売却 N99800

仙台空港 撮影1969/08 戸田保紀


東亜国内航空 仙台空港 撮影1975/08 戸田保紀

 

JA5149 ビーチクラフトH18   49
  c/nBA760 日本航空特注 
1969/07/25 JA5148登録 日本航空 定置場仙台空港
1973/09/21 新日本航空整備 定置場仙台空港
  東亜国内航空へチャーターか?
1976/02/26 抹消登録 アメリカへ売却 N99801

仙台空港 撮影1970/01 T67M


 

 

日航整備訓練所のJT001・JT002  JT001

 
更 JT001 米陸軍C-45 → C18S JA5030 伊藤忠bPと判明

新 2019/11/29  BeechCraftA36さんによる調査

 BEECH 18 PRODUCTION LIST ? PART ONEのc/n6653に、1987年にNobuo Harada氏が第二次大戦機のコレクションの中に加えたという記事がありました。よって、次の表が成立しました。本機のオリジナルは、米陸軍航空隊のC-45F 43-35888であり、次いで伊藤忠航空のJA5030、日航整備訓練所のJT-001、河口湖自動車博物館のスクラップ置き場という経緯をたどっています。 

1944/06/13 c/n6653   C45F-BH  43-35888A (UC-45F 43-35888説あり)
1948 木更津の部隊 
  払い下げ 時期不明
1956/11/22 JA5030登録 大和航空 機首ナンバー bP 定置場調布 飛行場
 伊藤忠のC-45(C18S)   参照                                              
1961/09/15 伊藤忠航空輸送(商号変更)
1969/10/03 抹消登録
  日本航空整備訓練所の整備訓練機材 JT001と記入  
1987 河口湖自動車博物館が所有
 

 
JT001の日航ビーチクラフトH-18? 
PAPPY 

写真はJALの訓練機のビーチクラフトH-18尾輪式と思いますが,"JA"ではなく"JT"なのです。
”日本たばこ産業”でもないしJAL TRAINERの略で"JT"かなと思いを巡らしています。

 これって何? 教えて下さい。時期ははっきりしませんが1970年代前半の羽田整備場裏手での撮影です。

  


2010/03/18 その機体は河口湖自動車博物館にあります  佐伯邦昭

 或る方から連絡を受けて、河口湖自動車博物館で撮った写真を調べてみました。ありました。また、ヒコーキ雲にも2004、2007、2009の各年の記録にも掲載しています。A3901参照 (いずれも館外のF86とT33の並びに置いてあり、撮影可でした)

撮影2007/08/30 佐伯邦昭
 

コックピット計器盤からは、ラジオコールナンバーなどは見られなかった

 羽田整備場で写された機体と河口湖自動車博物館の機体では、胴体帯とJT001の書き方が違っていますす。


2010/03/19

 藤原洋さんから、JALアーカイブスからの答えとして第一報が届きました。要旨は次のとおりです。

 1960年代のジェット時代を迎えてJALは羽田に乗員訓練所と整備訓練所を設け、この機体は整備訓練所の初歩技能訓練用に使ったビーチクラフトD-18と思われる。訓練は、塗装、配線、動翼着脱などが行われた模様で、写真は第2機体工場をバックに第2整備工場の軒下から写したもので、時期は1972年2月〜6月ではないかと思われる。 

PAPPYさんからメール

 佐伯さん、お忙しいのにいろいろご尽力頂き感謝しています。流石、インターネット航空雑誌ヒコーキ雲の威力はすごいですね。2〜3日でこれだけの情報が集まってくるとは、河口湖には驚きました。 整備用訓練機ならばJT-001で問題なく納得しました。長年の疑問が解消しすっきりしました。
 藤原洋様とアーカイブスの吉田仠様にもお礼を申し上げます。また第2報があればよろしくお願いいたします。 あの頃は、整備訓練所のことは知りませんでしたが、羽田のターミナルで撮影してもフィルムを56枚残し帰りがけに整備場裏手に寄っていました。ここには保安庁機や、新聞社の機体や、民航機が駐機しており、たまには珍しい機体があったりします。当時はフェンスもなくセキュリティも甘く黄色のCABのパトロールがいなければ誰何されることもなく写真が撮れる良き時代でした。


2019/11/29  BeechCraftA36さんによる調査

 BEECH 18 PRODUCTION LIST ? PART ONEに、198年にNobuo Harada氏が第二次大戦機のコレクションの中に加えたという記事がありました。よって、次の表が成立しました。本機のオリジナルは、米陸軍航空隊のC-45F 43-35888であり、次いで伊藤忠航空のJA5030、日航整備訓練所のJT-001、河口湖自動車博物館のスクラップ置き場という経緯をたどっています。 

1944/06/13 c/n6653   C45F-BH  43-35888A (UC-45F 43-35888説あり)
1948 木更津の部隊 
  払い下げ 時期不明
1956/11/22 JA5030登録 大和航空 機首ナンバー bP 定置場調布飛行場  伊藤忠のC-45(C18S)参照
1961/09/15 伊藤忠航空輸送(商号変更)
1969/10/03 抹消登録
  日本航空整備訓練所の整備訓練機材 JT001と記入  
1987 河口湖自動車博物館が所有

 


 

JT002  米海兵隊UC-45F  67126と判明   JT002

2019/11/29 BeechCraftA36さんから

 最近昔のモノクロネガを整理している中で、JT001/002に関する資料が出て来ました。岩国に居たUC-45F 67126(海 軍の連絡機UC-45J参照)と判明しました。ただ、米海軍用廃後から日航整備訓練所に至る経緯は不明です。

  撮影1975/10/18 BeechCraftA36

東京から大阪まで輸送


SNB-5 / 67126のプレート

新明和工業のメンテナンス記録プレート


1969/12/28に伊丹で撮影したNAVY時代の同機  海兵隊の連絡機UC-45J参照

 


JT002も居ました 飛行浪人

 JTナンバーのビーチH-18ですが、私はJT002を撮影していました。塗装は初代日航のでした。
 時期ははっきりしませんが1980年頃、大阪の千里中央でのジャンク市会場でした。

  

以下 クローズアップ



2010/03/27日替わりメモ

○ JT002も居ました

 JT001の正体が判明したら、またまた驚くべき写真が届きました。大阪千里中央でビーチクラフト18のC又はD型が分解されて丸ごとジャンク市にかけられております。その右主翼と胴体に残るナンバーがJT002です。JT001の写真に見られる左翼のJALと胴体のJAPAN AIR LINESなる文字はありません。
 1機まるごと分解し、それを並べて販売するという、近頃はやりのマグロの解体ショーを連想するような写真を見ながら、儲かるとの成算があってのことなのか、利潤度外視の宣伝目的なのかさまざまな思いがわいて きます。
 もうひとつ、ジャンク市に来ている人々の手に写真機が見えないのが注目です。今時こんなことをすれば、ご婦人がたまでが携帯やデジカメを向けますが、1980年頃では、ジャンク品のためにフィルムを使うなどもってのほかということだったのでしょう。それだけに飛行浪人さんの撮影は、世相とこのビーチ機の末路を伝える 大切な記録となりました。ありがとうございました。