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航空歴史館技術ノート 掲載17/02/04

 

航空大学校のB45メンター

 

1 航空自衛隊から航空大学校に移管された7機のT-34A

航空自衛隊 T-34A 航空大学校 B45  航空大学校での使用期間

航空自衛隊へ返還(書類上)後の状況

71-0421 JA3180 1962〜1970 宮崎実業高校教材  現状不明
71-0427 JA3181 1962〜1970 宮崎実業高校教材  現状不明
51-0367 JA3206 1963〜1970 不明
51-0324 JA3218 1964〜1970 不明
41-0294 JA3220 1964〜1970 胴体と主翼を栃木県那須町 戦争博物館に保管展示
71-0431 JA3221 1964〜1970 宮崎実業高校教材  現状不明
71-0434 JA3222 1964〜1970 宮崎実業高校教材  現状不明

2 航空大学校では

 航空大学校には、航空自衛隊から1962年に2機、1963年に1機、1964年に4機のT-34Aが移管されました。当時、大学ではKAT-1の稼働率の低さに悩んでいたそうで、 メンターの実績と、たまたま航空自衛隊のT-34A教育に余剰が生じていたことから、お互いの思惑が一致したものと思われます。

 1970年には、全機JA登録を抹消し、書類上は航空自衛隊へ返還となっていますが、実態は宮崎で廃棄処分されたようです。うち4機が5年後に宮崎実業高校へ移送されていますが、同校に航空学科はないので、これらをどのように活用されたのかは不明です。

宮崎実業高校へ移送 撮影1975/03 T67M

 B45の後継には同じくビーチクラフトのE33ボナンザが選ばれました。噂では、通産省から国産機を使えとクレームがつき、富士重工のFA-200も導入されることになったといわれます。